付録:江戸物読本ノ辞
用語辞典のようなものです。
本編は次からです。
お初にお目にかかります。手前は江戸の町にて貸本屋をしております者にございます。まぁ手前の店やら名前やらは、ここでは脇に置いておくことにしましょう。
さて、同じお国ではございますが、江戸の頃は、今の世とは少し異なる決まりごとの中で人々が暮らしておりました。故に今では聞きなれぬ言葉も多々ございます。
ここではそういったものを、今の世の決まりごとに直してお話させていただいております。あぁ、でも手前は学者様などではございません。ですので、他の読本と意味合いの異なることもあるやもしれません。
そこはあくまでも、こちらにある読本の中での意味合いとしてお受け取りくださいませ。
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【有明行灯】
夜通し灯しておく行灯にございます。江戸の頃は今と違い、夜は真っ暗なので、トイレに行くのも明かりがなくては大変危険でした。持ち運びできるよう、他の行灯よりも小さめに作られておりまして、光量が調節できるカバーのついたものも多うございます。
【行火】
暖を取るための道具でして、木や陶器などでできたものがございます。それを夜具の中に入れたり、炬燵にして使ったりとしていました。
【お銭】
お金のことを指す言葉でございます。特に支払いの代金などに使われるのですが、足がはえて逃げていってしまうように、いつの間にやら無くなってしまうからだとか。
【大川】
隅田川のことでございます。特に吾妻橋より下流を大川と呼んでおりました。
【大番屋】
留置所でございます。調べ番屋とも呼ばれ、町で事件を起こした者が自身番から連れて来られ、ここでお役人様による取調べを受けます。
ここで容疑が晴れないと、そのまま牢屋敷へと送られてしまいます。
【岡場所】
吉原以外の私娼窟のことを申します。深川、品川、新宿など、あちこちにございました。
【お白州】
町奉行所内にございます、裁きを下す場所のことでございます。
庶民などの身分の低い者は、白い砂の上で沙汰を受けましたが、御家人など身分によっては、縁側や座敷で沙汰を受けるものもおりました。
【表店】
通りに面した長屋のことを申しまして、表長屋とも言われます。商売の間と住まいの間、それに二階があるのが一般的な造りでございました。
【唐紙】
唐紙障子の略称でございます。唐紙と呼ばれる紙を張った、今で言う襖でございます。
【黄表紙】
草双紙のひとつでして、黄色い表紙の付いた本でございます。主に大人向けの読み物となっていました。
【草双紙】
江戸の町で流行りました、絵入りの小説の総称になります。ここからさらに扱う内容によって、表紙の色が変わり、赤本、青本などと呼ばれておりました。
【後架】
トイレのことでございます。他にも厠や雪隠などとも言われます。商家や武家屋敷などの、建物内にあるトイレのことを「内後架」、長屋にある共同トイレのことを「惣後架」と呼んでおりました。
【行李】
竹や柳を編んで作られた蓋付きの物入れでございます。旅の荷物入れであったり、家での収納用であったりと、様々に作られておりました。
【小僧】
丁稚とも言われる、商家などに奉公する少年のことでございます。住み込みで様々な雑用や使い走りをいたします。衣食住は奉公する家から支給されますが、給料はありませんでした。
【御用聞き】
岡っ引きや目明しなどとも呼ばれます。同心の手下ですが、お役人様ではございません。同心の私的な奉公人といった立場でございます。
基本的には十手を持っておりませんが、同心から手札という証明書を貰っており、それを所持して奉公に当たっておりました。
親分、と呼ばれる御用聞きは、さらに下に子分がおりまして、この方たちを使って、情報収集や捕り物の人足を手配したりしました。
【暦】
今の世で旧暦と呼ばれる、太陰太陽暦を使っておりました。太陽の動きと月の動きを使いまして一年を作るもので、約三年に一度は閏月が入るなど、少しばかり複雑にできております。また、これは月と季節とにズレが生じることもありましたので、季節の区切りは二十四節気や雑節を用いて、江戸暦には合わせて記されておりました。
【床几】
和式の腰掛けのことを申します。折りたたみ式のものや、ベンチのようなもの、一畳ほどの大きなものもあります。今でも、緋毛氈と呼ばれる赤い毛織物を敷いた床几が置かれている茶店などがありますね。
【女中】
武家や商家などに奉公する女性、もしくはその役職のことを申します。女中は身分の低いものだけではございません。格式の高いお家に奉公に上がるには、かなりの教養が求められました。
【身代】
財産や暮らし向きのことを申します。また、武士の身分のことを指す場合もございます。
【擦半鐘】
火事場の近くであることを知らせるために半鐘を鳴らすことでございます。早く連続した鳴らし方となっておりまして、この音が聞こえたなら大変危険ですので、早く逃げなくてはなりません。
【生計】
方便、と書きますのが本来です。生活していくための手段、仕事のことを申します。
【帳場】
商家の店主や番頭など、お店を取り仕切る者が座る場所にございます。
【猪牙舟】
船の舳先を細長く尖らせた小さな川舟でございます。水路の多い江戸の町では、水上タクシーのようにも使われておりました。
【長さの単位】
今ではメートル法を使われる方がほとんどかと存じますが、この頃は尺貫法と呼ばれる単位を使用しておりました。
一寸=〇.一尺≒三.〇三センチ
一尺=一〇寸 ≒三〇.三センチ
一間=六尺 ≒一.八二メートル
一町=六〇間 ≒一〇九.〇八メートル
一里=三六町 ≒三.九三キロ
【長屋】
いわゆる集合住宅でございます。これには武士の方が住まわれる長屋と、庶民の住まう長屋がございますが、一般的に長屋というと、庶民の住まう方を指します。
また、その中でも、表通りに面したものを表長屋、路地裏にあるものを裏長屋などと言ったりもします。
ちなみにですが、武士の方が住まわれる長屋は武家長屋、などと言われます。
【二十四節気】
一年三百六十五日を二十四等分しまして、だいたい十五日ごとに「節気」と「中気」を交互に割り当て、名を付けたものにございます。
季節|節月 |節気|中気
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春| 一月|立春|雨水
| 二月|啓蟄|春分
| 三月|清明|穀雨
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夏| 四月|立夏|小満
| 五月|芒種|夏至
| 六月|小暑|大暑
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秋| 七月|立秋|処暑
| 八月|白露|秋分
| 九月|寒露|霜降
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冬| 十月|立冬|小雪
|十一月|大雪|冬至
|十二月|小寒|大寒
【番頭】
武家、商家などで指すものが全く異なります。こちらでは商家の番頭についてお話します。
商家では奉公人を取り纏める頭のことを申します。時には店主に代わってお店を取り仕切ることもございます。
【番屋】
自身番と呼ばれる小屋のことでございます。各町内に置かれた交番のようなものでして、町境となる町木戸の横に置かれました。中は非常に狭く、三畳の座敷と、奥に一時的な留置をする三畳の板の間がある程度でした。
町内の事件事故の管理の他にも、庶民からの届出管理など、町役場のような業務も行っておりました。 そして、定町廻り同心と呼ばれるお役人様が定期的に立ち寄り、町の様子を確認されます。
【灯袋】
行灯や提灯の、和紙の覆いのことを申します。
【棒手振】
天秤棒などを使って、商品を担ぎ、売り歩く商人のことでござます。食品から日用品まで、様々な商品が取り扱われており、長屋の奥などにも売りに行きました。
【賂】
賄賂のことでございます。もちろん、江戸の頃も犯罪であることは変わりません。ですが、今よりも盛んに行われておりました。
特に牢屋敷などは、入れられた者が賄賂を持っていないと、ひどい仕打ちに遭い、最悪の場合は殺されることもありました。
【枕屏風】
枕元に置く小さな屏風のことでございます。冬場の冷気や隙間風などを遮るのに使われておりました。他にも、目隠しや仕切りとして使われることもございます。
【町木戸】
町ごとに設けられた門のことを申します。町木戸の脇に住む木戸番が管理をしておりまして、夜四ツ(午後十時頃)から明け六ツ(日の出前)の間は閉じられておりました。向かいには自身番がございました。
【棟割長屋】
裏長屋の中でも、入り口以外の三方が壁となっている長屋でございます。壁は非常に薄く、隣の家の喧嘩も筒抜け、といった具合でした。その上、採光や風通しに難があるので、非常に住みにくい環境でした。
話の中にあります九尺二間とは、間口九尺の奥行き二間(大体四畳半の部屋に、一畳半の土間程度)のことで、非常に狭い家のことでございます。いわゆるボロアパートですね。
【湯屋】
銭湯のことでございます。江戸の町は非常に火事が多く、庶民が内風呂を持つことは禁止されておりました。ですので、湯屋の数もかなりありました。
この頃の浴槽は、流し場と別部屋のようになっていて、柘榴口という低い入り口をかがんで入るようになっていました。
【夜着】
綿の入った、着物の形をしたものでございます。江戸の頃は四角い掛布団はございませんので、この夜着を掛けて寝ておりました。もちろん、着物のように袖を通して羽織ることができました。
【牢屋敷】
小伝馬町に建つ、罪人の拘置所でございます。身分によって入れられる獄舎が異なります。
ここでは、取調べや拷問、処刑なども行われておりました。
【炉開き】
炬燵や火鉢、行火といった暖を取る道具を出し始める日を申します。亥の月(旧暦十月)初亥の日に武家、二の亥の日に庶民となっておりました。それまではどんなに寒くとも出しません。
元は陰陽五行説から、この日に出すと火事にならない、という風習ができました。