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怪奇掌編

もののけ

作者:

 

 喫茶店で、友達のSと雑談をしていた時に聞いたこと。

 そん時は、ふーん、そうなの……って軽く思ってたんだけど、今思い返してみると、ちょっと変なところがある。なんで、この場を借りて書かせてもらいたい。一人で抱え込むのはつらいんだよね。

 それでは、始めます。


 Sの家ってのは三階建てマンションの二階部分で、階段からは一番はなれた場所にあった。ただ周りが閑静な住宅街だったものだから、それだけ階段からの距離があっても、夜なんかには階段を上り下りする足音が、Sの部屋まで聞こえてきたらしい。

 俺はSの住むその建物を一度だけ訪ねたことがある。建物の中には入らなかったんだが、外側からその姿を眺めた。社宅だったらしくて、けっこう年季が入った、古びた感じが全体にただよっていた。

 ただ……。それにとどまらず、なんとなく嫌な感じがしたんだ。ここヤバくないかって。

 ある夏の夜のことだった。

 Sは自分の部屋にあるベッドに寝そべって、漫画を読んでいた。家族は全員もう寝ていたようで、家の中は静まり返っていた。

 Sも相当眠気がきていたらしく、単行本を手にしながらも、うつらうつらし始めていたらしい。そこへ、階段を上がってくる音が聞こえてきたらしいんだ。

 あー誰かが昇ってくるなーっとSは思ったらしい。なんだけど、とにかく眠かった。足音のほうといえば、二階を素通りして三階へ昇っていったようだ。そこまで耳におさめ、Sは電気をつけっぱなしにしたまま眠りに落ちてしまったそうなんだ。

 Sの感覚では、しばらく経ってからだった。、ふぅっと目が覚めていた。いけねっ、とSは、あわてて部屋の電気を消した。室内はわずかな橙色の照明だけになった。そして今度はもう、本格的に爆睡するつもりでごろりと横になった。目を閉じ完全に眠りに入ろうとしている。

 そこへ二度目の靴音が聞こえて来た。今度は上のほうから。つまり三階から降りてくる様子だったらしい。

 うつろな意識の中でだったが、Sにはその音が、はっきりと聞こえてきたらしい。

 建物の構造上か、それとも単に建物が老朽化しているからだけなのかはよくわからないが、どうもSには、足音の主が歩いている位置というのに、だいたいの見当がつくらしい。ただ、この時Sにとって少し意外だったのは、その床を鳴らす音というのが、廊下を渡ってSのいる部屋のほうにやって来たということなんだ。

 Sはこの時、わずかに変だぞと思っていた。

 三階に上がる足音というのは、たいていは上がったきりのままであるのがたいていのことで、もし仮にその足音が降りてきたとしても、それは一階に行ってしまうことが多かった。特に今みたいに夜間ならば、その足音が二階を歩くということは、それは二階に住んでいる誰かだという公算がかなり高くなるはずだった。

 しかし、実をいうとSは、この夜中の時間帯に二階の廊下を歩く足音というのを、今までにまったく聞いたことがなかったというんだ。そしてどうもこの時のSは、おぼろげな意識にありながら、さっきの足音の主と今の足音の主が同一人物であるように考えていた。

 そんな間にも、コツ、コツ、コツ、という足音は徐々に大きくなってきた。足音の主は、まちがいなく二階の廊下を歩いている。ところが、かなり歩いてきたところでおかしなことが起きた。だんだん大きくなっていった靴音が、ある地点に来て再び小さくなっていったというんだ。どうもそれは、階段のほうに戻っていく様子に思えた。だがしばらくしたら、またコツ、コツ、コツと、その音が大きくなっていった。それが何度か、くりかえされたという。どうも足音の主は、二階の廊下を行ったり来たりしているようなんだ。

 ここにきて、さすがにSも、はっきりと不審の思いを強めた。この深夜に廊下をうろつくなんて、常識的に考えれば明らかにおかしかった。なんだけれども、何度か繰り返し鳴り響いてきた足音は、Sの部屋のほうにまではやって来なかった。

 ひょっとしたら、何か落とし物でもしたのかもな。と、Sは考えた。だがその後今度は、その音が今までにないような大きさで響いてきた。Sはとっさに「こっちに来る」と思った。

 Sの予想通り、廊下を移動する足音がどんどんとSの部屋のほうに近づいてきた。Sは、少し息を飲んでそれを待ち構えていた。

 今の時間帯、廊下はかなり薄暗くなっているはずだ。そしたら、とうとつに足音が止まった。本当にピタリと。Sの部屋はマンションの一番はじっこにあった。玄関とびらが一列に並んだ、廊下側に面している。どうやら、その壁をはさんだまさにすぐその外で靴音が止まったようなんだ。

 Sが横になっているすぐ目と鼻の先で、誰かが立っている。真夜中の薄暗い廊下でだ。

 Sは沈黙したまま聞き耳をたてていたんだが、物音は全く聞こえてこなかった。人の気配らしきものすら感じられなかったらしい。何者かがそこにいるとしても、果たしてそれは誰なのか。Sには全く検討がつかないということが、ここでは重要だった。今、壁の向こうにいる者が二階に住む住人であるかどうかという点を確かめ得ていないし、仮にそれが二階の住人であったとしても、この真夜中ということを考えれば、どう考えても不自然だった。Sは、同じ階に住む住人についてそれほど知っているわけではなかったが、だいたいのところは顔をわかっていた。そして、この時間帯にうろつく人間はいないはずだった。しかし何か事情があるのかもしれなかった。自分の知った人間なのか、それともマンションの住人とは全く関係のない人間なのか。もし関係のない人間だったとしたら、いったいなんの目的でそこに居るのか。そう考えてしまうと、Sはものすごく気味が悪くなってきていた。誰だろうが早くどっか行ってくんないかな、などと思いながら、ベッドの上で固まってしまっていた。

 それから何分ぐらい経過したのかはわからなかったが、しばらくの間は、音も立てずにベッドの上でじっとしていた。

 すると再び、Sにとってはようやくといった感じで、靴の音が聞こえてきたらしいんだ。動き出したようなんだ、そいつが。

 ようやく安心して寝れるか……と、Sはベッドの上で胸を撫で下ろした。だが、そこで異変が起きたんだ。

 Sがほっとしたのもつかの間、Sは、自分の耳が信じられない物音をとらえていることに同時に気が付いた。廊下のその音は、来た方向に戻ったんじゃなくて、さらに先へ進んで行ったんだ。

 誰かが立ち止まっていた場所は、Sの部屋の壁をはさんだすぐあちら。廊下の一番はじで、突き当たりの位置だった。その先というのは、行き止まりでもう無いはずなんだ。

 Sは自分の体が硬直していくのを感じていた。さっきから薄く停滞していた眠気が軽々と吹っ飛んじゃって、心なしか動悸が少し速くなっていくような感じがした。カツン、カツンという靴音が鳴り止まないんだ。

 信じられないことなんだけど、そいつが歩いているのは空の上ということになるんだよ。しかもだ。もしその先で建物に沿ってそいつが左に回ったとしたら、その先にはSの部屋があったんだ。

 カツン、カツン、カツンという、廊下を歩いていた時とは少し異なる高さで音が響いてくる。音は澱みが無くて、鳴り止もうとする気配も無い。間違い無く、こっちに来る、とSは思った。

 ベッドの上に横になっているSは、反射的に、おそらく無意識で、自分の体の正面にある窓を見た。ベッドの向かい側の壁に、カーテンが開いたままの大きなガラス窓がついている。その窓に、まっ暗な外を背景にしながら、ガラスに写ったガクブル状態のSの顔と、Sの顔にぴったり寄り添った、おしろいを塗りたくったかのような真っ白い女の顔があったんだ。

 いつからその顔がそこにあったのかはわからなかった。とにかく窓の外に女が居た。女の顔は、ひたすらヌボーっとしてて、まるで能面みたいに表情が無かった。外からSをのぞき込んでいるその目は真っ黒。白目なんか全く見えなかったらしい。

 その異様な顔は、ありえない場所に立っていた。ガラス窓すれすれに体を張り付けるように近づけて、Sをじっと見ていた。そこには足場なんて全くないのに。

 Sは起こっているあまりの出来事に声も出せずに居た。大声で叫べば、気づいた家族の誰かが起きてくれるはずなんだろうけど、それができなかった。

 ただ女の無表情な顔と真っ黒い目にゾクゾクっとして、けど視線をそらすこともできず、頭の意識が急激に遠のいて行くのを感じていた。

 その後、いつSの意識が途切れたのかは、いまいち不明だった。だが、次にSが気が付いた時には、もう夜が明けていたらしいんだ。

 薄明るくなってきた外の景色が、窓の向こうでいつも通りの様子のまま広がっていた。ちゅんちゅんという雀の鳴き声も聞こえてきた。その鳴き声を耳にしがら、昨晩あったことを思い出していたんだ。

 Sは、恐る恐る窓に近づいててみた。そこにはもう女は居なかった。やはり、いつもと変わらない朝の景色そのまま。全く何事も無かったかのような朝の風景だった。

 Sは自分が夢でも見ていたんじゃないかと思ったらしいん。だが、頭の中にはあの女の異様な顔がありありと残っていた。それだけで、もうSは怖ろしくなってしまったそうだ。

 後日になって、Sは自分の部屋と親の寝室とを変えてもらったという。日差しが強すぎるとかてきとーな理由をつけて、本当のことは何も言わなかったって。なんか、根本的には何も解決して無いような気がするんだけどね……。

 結局その人は誰だったのか。何をするつもりだったのか。とか、そもそもそれって人間……か? とか。いろいろと疑問がある。

 まぁ、そんな感じの話でした。そうそう、それから、後でSは変なことを言ったんだよ。

「あいつ、探してた」

 って……。

 は? って感じでね、俺にはもう意味がわかりません。




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