メランコリック・バレンタイン 6 <黒沢side>
『なんで、黒沢がそのこと知ってるんだ? いま佐倉と一緒にいるのか?』
送ったメールからすぐに返信が来て、俺は肩を震わせる。
横目で佐倉ちゃんがまだケーキをよそっているのを確認しながら、メールを打つ。
二度目の返信もすぐにきた。
『分かった。今日休みだからこれからそっちに向かう。四十分くらいで着くと思うから、それまで佐倉のこと頼む』
分かったってなにがですか、紅谷さぁーんっ!
俺は佐倉ちゃんにメールしてくれってお願いしたはずなのに、なんだかこの返信の早さからは佐倉ちゃんにメールしてないカンジがして、冷や汗が浮かぶ。
ちらっと、テーブルの横に置かれた手荷物を入れる籠に視線を向ける。そこに入っている佐倉ちゃんの鞄からは、着信音が聞こえない。もしかしたらマナーモードになっているのかもしれないが。
ってか、紅谷さん今日休み? 佐倉ちゃんはそのこと……知ってないカンジだよな……?
これから来るって、俺、もしかして修羅場に居合わせるとか――!?
それからの俺は、そわそわして落ち着かなかった。
ヤベェ~、紅谷さんが来る? それって佐倉ちゃんに言った方がいい? でも、言ったら、なんだか火山が噴火しそうな……
俺はそわそわしながら、それを誤魔化すようにカレーを食べ続けた。
「ってかさ、なんで俺を誘ったの?」
会話をつなぐようにした俺の質問は、佐倉ちゃんにぐさりとやられる。
「今日は女友達みんな予定入ってて、一緒に行ってくれる人がいなかったんだもの。黒沢君暇なんだからいいじゃない?」
確かに暇だったんだけど、切れのいい刃物を突き付けられたカンジで、俺はうっ……と顔をしかめる。
まあでも、佐倉ちゃんがやさぐれたくなる気持ちも分かるから、言い返さないでいたら。
「だって、黒沢君、クリスマスに彼女に振られていまフリーなんでしょ? 黒沢君しか誘えなかったんだもの」
ふてくされて言う佐倉ちゃんの言葉が、完全に胸に突き刺さる。
うん……そうだね、バレンタインデーに彼女のいないフリーの俺は暇ですとも……
その後も佐倉ちゃんは、俺に好きな子はいないのかとか、誰かと付き合う予定はないのかとか、いま聞いてほしくないことをグサグサ聞いてきて、俺は泣きたい心境だった。
紅谷さーん、早く来なくていいから、佐倉ちゃんにメールをぉぉぉ――っ!!
※
スウィーツバイキングは時間制限があるらしく、時間ギリギリまで甘いものを堪能している佐倉ちゃんを見て、甘いものが苦手な俺は食べたのは自分じゃないのに、気持ち悪くなってしまった。
会計は入る時に済ませていたから、食べ終わった皿を片して――この店はセルフで、皿も客が下げるシステムなんだって――、席を立って店を出ようとした時、紅谷さんが到着した。
カーキのパンツに黒いPコートを羽織った紅谷さんは、男の俺から見ても完璧だと思う。なに着ても似合いそうな長身と均整のとれた体、顔なんか芸能人顔負けだもんな――営業スマイルさえ浮かべていれば……
いま、俺の目の前に立っている紅谷さんは、眼光鋭く俺を睨んでる。
うわぁー、せっかくのイケメン顔が台無しだよー、紅谷さんっ!?
「紅、谷、さん……」
俺の隣にいた佐倉ちゃんが、驚いて掠れた声を出す。それから、ぱっと俺を振り仰いで、佐倉ちゃんの顔まで険しくなる。
黒沢君が呼んだの!?
そんな恨めしそうな顔をして、何かに気づいたようにさっと顔色が変わる。
「紅谷さん、今日は仕事じゃないんですか?」
もっともだっていう質問に頷きそうになって、ギロリと俺を睨みつけた紅谷さん。
魔王降臨の紅谷さんに、俺はぞくぞくっと背筋を震わせて顔を引きつらせる。
マジ、怖いからやめて下さい、紅谷さーんっ!
「あの、俺……は、帰りますね」
精一杯笑顔を作ってニコっと笑うが、ピリピリした空気に上手く笑えてた自信はまったくない。
「黒沢君、今日はありがとう……」
突然、紅谷さんが現れた現状をまだ上手く理解していない佐倉ちゃんがぽつりと言い、俺は二人から後ずさるように足を踏みだしたんだが、紅谷さんにひょいって肩を掴まれる。
佐倉ちゃんに背中を向ける格好で少し歩き、ちらっと視線をあげれば、紅谷さんが瞳に苛立たしげな光を宿しているから、ビクっと肩が震える。直後、紅谷さんが俺の耳元でささやいた。
「悪いな、黒沢。佐倉につきあわせて」
そう言って、決まり悪そうに苦笑した。
もしかして紅谷さん、照れてる? それであんなピリピリした空気だったのか――?
なんて分かりずらいんだ、紅谷さんの愛情表現って……
佐倉ちゃん恋愛は初心者ってカンジなのに、相手があの紅谷さんってかなりやっかいなんじゃないのか?
普通だって紅谷さんの愛情表現は分かりにくいのに、佐倉ちゃんじゃ、ぜったい理解できないって言うか、むしろ誤解しそうだ……
バイトの時、涼しげな顔でなんでもこなすみたいに、恋愛も上手くやってくれればいいのになぁ~、紅谷さん。
佐倉ちゃんが、これ以上悩まされないといいけど――
そんなことを考えながら、駅前に停めた原チャにまたがって家に帰った。