メランコリック・バレンタイン 5
付き合いはじめて半年の記念と、気持ちを込めて作ったチョコを紅谷さんのアパートのポストに入れて、そのこともメールで報告した。
それなのに、返事のメールにはチョコのことは全く書かれていなかった。まだ仕事中で、チョコを見てないのかなって思ったんだけど、その日はもうメールは来なくて、次の日もメールは来なかった。
もともと、毎日メールしてるわけじゃないから、メールの頻度的にはいつも通りだし、仕事が忙しいのを知ってるから、もっとメールしてとかわがままは言わない。私も、メールってあまりしない方だから。
でもさ、私はチョコを渡したんだよっ!
受け取ったよとか、食べたよとか、チョコの感想とか、送ってくれてもいいと思わない!?
会えなかったのが寂しかったのもあるし、これから先も紅谷さんと付き合っていけるのか不安にもなって、自分でも情緒不安定だって分かってる。でも、一言、チョコ受け取ったよって言ってもらえれば安心できるのに、その一言がなくてじれったくなる。
さんざん、学校でも友達に愚痴って、だけどそんなんじゃ気分は晴れなくて、日に日に苛立ちがつのって気分がどん底まで下がる。
いい加減、うっぷんを晴らそうと思ったけど、一月で卒論の発表も終えた私は、二月はほぼ毎日バイトを入れている。週末から四日間ぶっつづけで入って、今日は久しぶりにゼミもバイトもない日だった。
ストレス発散にはスウィーツバイキングだ! そう思ったのだけど、その久しぶりに出来る休みっていのが十四日なものだから、女友達は誰も予定が空いていなくて。でも、もういてもたってもいられなくて、一人バイキング!? っとか、ちょっと緊張していた昨日、二月の後半のシフトの確認をしていたら黒沢君が休みなことに気がついて、十四日の予定を確認した。
本当は、その日に約束を取り付ければ良かったのかもしれないけど、確か、黒沢君は甘いもの苦手って言ってたから――だって黒沢君って酒豪だもんね、甘いものは苦手そう――スウィーツバイキングだって言ったら逃げられそうで、当日呼び出すことにしたの。まあ、これで来てもらえなければ一人で行く覚悟もして、半ばやけくそだったのよ。
ケーキ二皿目を食べて、もう一度取りに行こうと思っていたら、黒沢君が今更な質問をする。
「ってかさ、なんで俺を誘ったの?」
私はその質問に素直に答える。
「今日は女友達みんな予定入ってて、一緒に行ってくれる人がいなかったんだもの。黒沢君暇なんだからいいじゃない?」
暇という言葉が胸に刺さったのか、黒沢君はちょと苦しげに眉根を寄せる。
普段だったら、酷いこと言ってしまったって反省する――というか、その前にもう少し言葉を選んでオブラートに包んでいたかも。だけど、今日の私はやさぐれももなのよ。
「だって、黒沢君、クリスマスに彼女に振られていまフリーなんでしょ? 黒沢君しか誘えなかったんだもの」
やや唇を尖らせて言うと、目には見えない刃物が黒沢君の胸に刺さって呻いている。
黒沢君、あんなにラブラブな彼女にふられちゃったんだよ。まあ、みんなで黒沢君を慰める会を開いてあげたけど。
私の一つ年上の黒沢君は留年していま四年生。なんとか就職も決まって、なんと! 黒沢君は私と同期になるんだよ。知っている人が新入社員の中にいると思うと、心強いよね。
それからケーキ三皿目に挑戦して、食べてるのは私なのに、黒沢君の方が気持ち悪そうな顔をして口を押さえるのよ。失礼しちゃうっ!
私からしたら、コーヒーをがばがば飲んで、カレーを大盛りで三杯も食べてる黒沢君のが信じられなかった。
まあ、ある意味すごいよね。スウィーツバイキングなのにコーヒーとカレーだけしか食べないなんて。
いつもだったらしない様な辛口で黒沢君をいじって話聞いてもらって、ケーキもお腹いっぱい食べて、憂鬱な気分も少しは晴れたかな。
ここのお店は時間制限があるから、そろそろ出ないとって思って、テーブルの上を片付けて席を立った時、お店の入り口に黒いPコートの前を開けて、紅谷さんが立っていた――
※
俺のプライドが邪魔してせっかくの休みもももに連絡することなく、十四日の朝を迎えた。予定がないということもあって久しぶりに朝寝坊をし、日が登りきった頃、ベッドから起き上がった。
着替えを済ませ、洗濯と部屋の掃除をしてから、手早く朝メシ兼昼メシを作り、テレビをつけながらのんびりと食べ始めた頃、俺の携帯がメールの着信を知らせた。
俺はくわえていたトーストを皿に置き、キッチンのカウンターに置いていた携帯を取りにいく。
携帯を開くと送信者は黒沢で、わずかに眉根を寄せる。黒沢は俺よりも年下だがバイト歴はむこうの方が長く、年齢を越えた関係だった。
黒沢のメールはだいたいが飲み会の誘いなんだが、去年の花火大会の時は俺と佐倉を引き合わせようとして裏で画策され、若干、俺にとって黒沢はうっとおしい存在だった。
実際、黒沢のおかげでももと付き合うことになったのだから感謝はしているが、あいつのメールにはさんざんヤキモキさせられた俺は、なんだかこのメールもその類のような予感がひしひしとして開けるのを躊躇する。
まあ、毎回毎回、もも関連とは限らないよな。俺は感じた不安を払いのけメールを読み、唖然とする。
『紅谷さんっ! 緊急なんで用件だけ言います。とにかく今すぐ、佐倉ちゃんにチョコのお礼メールを送ってください!』
状況の理解できないメールに、俺は声すら出てこない。
なんだ? てか、なんで黒沢は、俺がももにチョコのお礼を言っていないって知ってるんだ――?
そう考えて、思い当たる考えは一つだけだった。
ももが黒沢にぐちったのか……?
ももがそういうことを人に言うような子ではないとは知っているが、ぐちりたくもなる状況にしてしまった自覚はあって、じわっと背中に汗が浮かぶ。
俺はすぐに返信ボタンを押して、黒沢にメールする。
『なんで、黒沢がそのこと知ってるんだ? いま佐倉と一緒にいるのか?』
メールを送って数分も経たずに、着信音が響く。
『いま、佐倉ちゃんと一緒に津田沼のパルコのスウィーツバイキングの店にいて、佐倉ちゃんから聞きました。すごいやさぐれてやけ食いしてんですよ』
黒沢のメールを読んで、すぐに返信する。
『分かった。今日休みだからこれからそっちに向かう。四十分くらいで着くと思うから、それまで佐倉のこと頼む』
黒沢と一緒にいるというのは気に食わないが、俺の知らない男と二人きりで出かけられるよりは少しは冷静でいられた。
俺はテレビを消し、食べかけの朝メシ兼昼メシをキッチンに戻し、リビングの壁にかけてあった黒いPコートを羽織って急いで部屋を出た。