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メランコリック・バレンタイン 4 <紅谷side>



 仕事だと言って一ヵ月ぶりのデートをドタキャンした俺をももは責めたりせず、「仕事なら仕方ないです、頑張ってください」というメールを送ってきた。その気づかいが心に沁みて、会いたい気持ちが募った。

 だが、その後来たメールに、俺は戸惑わずにいられなかった。

 正月を過ぎれば、街中のいたるところでピンク一色になる。洋服屋とか、アレ(・・)とは関係ない業界までこのイベントにのっかって売り上げを伸ばそうとしている。

 どこに行っても目につくアレに胃がチクチクと刺激されて中学のあの気持ち悪さを思い出してしまう。

 普段からもいい訳(・・)のために食べないようにしていたから、いまでは立派なチョコレート嫌い(・・)になってしまった。それでも、ここ数年、自分には無縁のアレを思考の中から追い出して一月を乗り切った俺は、もものメールを見て顔が引きつった。

 無縁だと思っていたアレが、自分に重要なものとなっていたことに、この時初めて気がついたのだった。

 そうか……、バレンタインは恋人の行事でもあるんだな……

 ももが俺のアパートのポストにチョコを入れたと送ってきたメールを見て、その事実に気づく。

 無縁とか嫌いとか胃痛とか、俺にとってバレンタインはその単語にしか結びつかなかったから、正直、嬉しいと思うよりも、戸惑いが大きかった。

 まさか、今になって自分がバレンタインのチョコを受け取ることになるとは思ってもみなくて。

 ももからのチョコだろうと、バレンタインに結び付けて考えると全身鳥肌が立ってしまった。

 とにかくその日は、必死にもものメールを頭の中から忘れるようにして仕事に没頭した。

 なんだかんだでラストまで仕事していた俺は、連日の勤務の疲れによろよろと帰宅し、いつもの習慣でアパートの入口に備え付けられているポストを開けそうになって、はっとする。

 この中に、アレが――

 そう思うと開けるのを戸惑い、しばらく考え込んで、俺はポストを無視してアパートの部屋へと向かった。

 こんな反応はガキかもしれないが、どうしてもバレンタインには拒絶反応が出てしまい、受け取ることが出来なかった。

 だが、部屋の玄関をガチャリと閉めた俺は、ももなら手作りしそうだな――という思いつきに、すぐにアパートの入り口へと引き返した。

 バレンタインのチョコを見れば、きっと全身鳥肌ものだろうが、だからってもものチョコをそのまま放置するのはどうなんだ? って理性的な部分の俺が問いただす。

 そうだよな、アレだろうとなんだろうと、ももからのプレゼントを無視するわけにはいかなかった――

 よし、開けるぞっ!

 そう決意してから、俺は三十分以上その場で動くことは出来なかった。

 夜も遅いうえ、アパートの通路に立ちつくした俺は他の住人に訝しげな眼差しで見られ、二月の夜の冷え込みに、体を震わせて、ついに、ポストを開けることが出来た。

 ポストの中には、白い箱が綺麗にラッピングされて入っていた。

 俺はそれを震える手で取り出し、中身を確認することもなく、部屋に持って帰ると冷蔵庫へと閉まった。

 チョコは冷蔵庫にしまえばいいよな? はぁー、最近チョコなんて食べないから、どうしたらいいかも分かんないな……

 俺は黒革のソファーに腰掛けて、大きなため息をついた。

 正直、ポストを開けた瞬間、鳥肌に身震いするだろうと思ったが、もものプレゼントは――バレンタインのチョコじゃないと思えば――嬉しさの方が勝ってそんなことにはならなかった。少し、手は震えたが。

 それでも、中身を見ることは出来なかった。

 とにかく冷蔵庫に閉まったことに安堵と達成感をえて、放心状態の俺は、もちろんももにメールを返すことすら、すっかり忘れていた。



  ※



 チョコを受け取った二日後にももにメールを送ったが、もちろんチョコのことには触れることが出来なかった。

 もももそのことを聞いてくる様子もないし、俺は冷蔵庫の奥にしまったソレをすっかり思考から消し去っていた。

 なんどかももとはメールのやり取りをしたが、きっと次に会うのはは三月になるだろうな――と考えていた。

 だから、十三日の仕事上がり、急きょ明日は休んでいいと言われた俺は少し途方に暮れた。

 まあ、今月最初の休みもつぶれていたし、その代休だって言われればありがたく休ませてもらうけど。

 せめて、もう少し早く言ってくれれば、ももに連絡して一日に会えなかった埋め合わせをしたんだが。

 すでに時刻は二十一時すぎ、これから連絡してももに明日の予定を聞くのは躊躇する。

 店長がバレンタインの話などしたから、ももからもらったチョコのことを思い出して、罪悪感に襲われていたんだ。

 チョコを貰った時は、バレンタインっていうイベントに対する嫌悪感に支配されて、もものチョコでさえ拒絶してしまった。

 だが、数日経って冷静になってみれば、ももが俺のために作ったチョコが嬉しくないはずはなかった。

 俺の今までの人生の中で、バレンタインはメランコリックだとインプットされていたから、そんな大事な事にも気づかなかった。

 冷蔵庫に閉まったままの箱の中身は、綺麗な正方形の生チョコだった。箱を開けた瞬間甘い匂いが鼻をかすめ、とても美味しそうだった。

 ただ、やっぱりチョコは食べられなかった。それでも、ももへの愛おしい気持ちが溢れてくる。

 チョコに添えられていたメッセージカードには「大好きです。いつまでも一緒にいたいです」と、かわいい文字で書かれていた。

 すぐにでもももに電話をしたい衝動を、俺はぐっと堪える。

 なぜって?

 正直、いまさら? ってももに思われないかと思うと、携帯を手に取ることが出来なかった。その理由を話すには、俺の情けない話をしなければならない訳で、バレンタインのチョコを作らされていたとか、チョコの食べ過ぎで体調を崩したとか――そんな話、できればももには知られたくなかった。

 そんな俺のプライドが邪魔して、ももには結局、バレンタインのお礼すら言えていなかった。

 もし――十四日に会えば、情けない話をしなければならなくなってしまって、結局、ももにメールは出来なかった。




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