メランコリック・バレンタイン 3 <黒沢side>
あー、俺ってば、なんでのこのこ来ちゃったかな……
自分の行動を思い返して、誰にも気づかれないようにため息をつく。
ピンクや赤など可愛らしい店内の九割は女性客でにぎわっている。机まで赤でなんだか、そのラブリーっぷりがいたたまれない。
俺、ちょー場違いじゃんっ! ってか――
「佐倉ちゃん、今日、俺とこんなとこ来てていいの?」
向かいの席に座って黙々とケーキを食べ始めた佐倉ちゃんに顔を寄せて話しかける。
「だって、ケーキ食べたかったし」
「いや、そーゆうんじゃなくて……」
俺は思ったような返事をもらえなくてじれったく思いながらも、佐倉ちゃんが頬いっぱいにケーキを詰め込んで、ちょっとすねている口調を可愛く感じてしまって、強く出られない。
「紅谷さんとは約束してないの?」
その言葉に、ぴくっと動きを止めた佐倉ちゃんの周りに険呑な雰囲気がうずまいていることに気づいて、地雷を踏んでしまったと気づいたのだが、もう遅いだろうか……
ぷいっと横を向いた佐倉ちゃんは、なんだか目がすわってる気がする。ええっと、食べてるケーキにアルコールが入ってるのか……?
「紅谷さんは、今日も仕事なんだってっ!」
たっぷりと嫌味を込めて言った佐倉ちゃんは、またケーキを頬張り始める。
※
あー……初めっから説明しておこうか?
朝起きたら、佐倉ちゃんからメールが来ててさ、大事な用事があるから十一時に駅集合ってそんな内容で驚いたわけ。
そういえば、昨日バイト中に、明日は何か予定あるのかって聞かれてないって答えたのを思い出しながら、時間を確認すると、十時二十分だし。
よくよく携帯を確認すれば、佐倉ちゃんのメールが来たのは八時頃で、その後三回ほど着信があった。
俺は慌ててベッドから飛び起きて、身支度をちょー急いでして、駅に駆けつけた。
佐倉ちゃんはぎょっとするほどお洒落してて、バイトの時となんだか雰囲気が変わってて驚いてしまった。細身の白いコートの下にグレーのワンピースを着ている。白い丸襟がつき、膝より少し短い丈のスカートはふわりと広がっている。腰には細身のベルトを巻き、中央にリボンの細工がついている。
お出かけ着ってわかるような服でびっくりしてる俺に、佐倉ちゃんはふんわりとした笑みを浮かべる。
「ごめんね、急に呼び出しちゃって。じゃ、行こうか」
そう言って歩き出した佐倉ちゃんは、いつもよりふわふわした雰囲気をまとっていて、その時に変だって気づくべきだったのかもしれない。
連れていかれたのは、駅ビルに入ってるスウィーツバイキングの店。平日だって言うのに、客でにぎわっている。
最近あちこちにできている店だが、俺は入るのは初めてで、なんだか落ち着かない。ってか、周りからめっちゃ見られてる気がするんだが……?
そう思って辺りに視線を向けると、店内は女性客ばっか! なんなんだ、この店……
呆然としている間にも佐倉ちゃんは手際よく受付して、先払いでお金も払っていてビックリする。
「お金……」
払おうとして財布を出すと、やんわりと断られてしまう。
いや、男として女の子に払ってもらうのはどうなんだ……とか自問している間にも席に案内される。
「黒沢君、先に取ってきていいよ」
言われるまま席を立ち、とりあえずなにがあるのか見て、甘いケーキばっかりなのにガクッと肩を落とす。まあね、スウィーツバイキングなんだから甘いものばかりなのは当たり前って言うか……
横を見て、軽食も少しあるのを見つけて、そっちに足を向ける。ふーん、パスタとサンドウィッチとカレーとポテトか……
喫茶店のキッチンやってるからか、なんとなくどうやって作られているのかを考えてしまって、苦笑する。
俺は大皿にカレーライスを盛り、コーヒーを持って席に戻る。佐倉ちゃんが入れ違いに席を立ち、皿に隙間がないほどケーキをいっぱい乗せて戻ってきた。
そうして食べ始めてすぐに、俺の最初の質問が出たんだ。
「佐倉ちゃん、今日、俺とこんなとこ来てていいの?」
紅谷さんが仕事だって口ぶりから、紅谷さんとなにかあったんだって分かる。そのうっぷんはらしのように感じて、付き合ってもいいかなとも思うけど、今日はちょっといろいろ問題があるんじゃないかい……?
とてもじゃないけど、言葉には出せない疑問だから、心の中で投げかけて首を傾げて見る。
だってさぁ……今日って二月十四日だよ? 恋人の大事なイベントでしょ~?
ただのバイト仲間でしかない俺と、しかも二人っきりで出かけたって紅谷さんが知ったら、気分悪いんじゃないだろうか……?
花火大会の時に見た、いつもの甘いマスクの下に隠れた魔王のような顔を思い出して、ぶるりと背中を震わせる。
あれはマジ、怖かった……できれば、紅谷さんの逆鱗には触れたくない――そう思うんだが。
ぶつぶつと何か言いながらケーキを頬張る向かいの席に座った佐倉ちゃんに視線を向けて眉根を寄せる。
普段おっとりしてる佐倉ちゃんがこんなに不機嫌を露わにしているのはめずらしいことで、それほど行き詰っているんだと思うと、放っておくことも出来ない。
なんといっても、佐倉ちゃんをけしかけて紅谷さんに告白させたのは俺だからな。立派なキューピッドの看板をまだ下ろしたつもりはない。
力になれるならなりたいし、相談にものりたいと思った。
「ほら、でもさ、チョコは渡したんだろ? 昨日とか、一昨日とか?」
なんとか佐倉ちゃんの気分を持ち上げようと言いながら、さぁーっと血の気が引いていく。
ギロっと鋭い光を反射した瞳で無言で睨まれて、顔が引きつる。
なぜって? 昨日も一昨日もバイトで一緒だったから、紅谷さんには会ってないことを知っていながら、余計なことを言ってしまった。
自分で墓穴掘ってなにやってんだって、カンジだ!
冬で店内は暖房がきいててちょうどいいっていうのに、冷や汗が溢れてきて、袖で額の汗を拭う。
それから怒り心頭だった顔を寂しげに曇らせて、二月のはじめにチョコを渡す約束をしていた日も、結局仕事になって直接渡せなかったこと、部屋のポストに入れてきたが、その後、チョコについてなにも言ってこないことに腹をたてていると言う。
泣きそうになりながら愚痴っていたが、話したら少しはすっきりしたような顔になって、安堵する。
しっかし、なにやってんだかなぁ~、紅谷さんは。チョコもらったんならメールでもいいからお礼を言うべきだし、手作りチョコならなおさら感想とかさ……
そんなことを考えて、花火大会を誘うときに紅谷さんとメールして、紅谷さんの恋愛感覚がちょっとずれてる気がしたことを思い出す。
それに、佐倉ちゃんのことだけからかったり、あれは周囲からはラブビームが出てるって丸わかりだけど、本人には伝わらないっていうか……好きな子いじめるって、小学生レベルだよな。あんなにモテ顔なのに、恋愛経験すくないんじゃないかって思ったんだった。
それからいくと、チョコもらってもお礼も何も言わないのは紅谷さんにとっては普通のことなのかもしれない――!?
そう気がついたらいてもたってもいられなくなる。うずうずと好奇心というかキューピッド魂が騒ぐ。
佐倉ちゃんがケーキを取りに行った隙に、紅谷さんにメールをする。
『紅谷さんっ! 緊急なんで用件だけ言います。とにかく今すぐ、佐倉ちゃんにチョコのお礼メールを送ってください!』
仕事中だろうがなんだろうが、このメールを見て佐倉ちゃんにちゃんとメールを送ってくれよ! ってか、そうしてくれないと、俺しばらくやさぐれた佐倉ちゃんにいじられちまうぜ……
メランコリック・バレンタインに巻き込まれた黒沢君は……!?




