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Sweet Home 1

番外編第1弾、花火大会の翌日のお話です。



 花火大会の帰り、ももが言った。


「次はいつ紅谷さんに会えますか?」

「明日、休みだよ。急遽、休んでいいって言われてね」

「そうなんですか。じゃあ……明日も会えますか?」


 上目づかいで見上げるももの瞳には、まださっきの涙の名残があって潤んでいて、ほんのりと染まった頬が、なんとも可愛らしくて。


「会えるよ」


 俺は自然に微笑んだつもりだけど、自分でもやばいんじゃないかっと思うくらい頬が緩んでしまっている気がした。そんな俺を、くりっと大きな黒い瞳で佐倉がじーっと見つめてる。やっぱり、浮かれ過ぎだろうか……

 俺はわざとっぽく咳払いし、普段の口調で言う。


「どこ行きたい?」


 そうだ、明日は付き合い初めての、正真正銘の初デートなわけで、明日を逃すとまたしばらくは休みがないだろうし、ももが行きたいところに連れて行ってあげようと思った。

だけど、しばらく考え込んでた佐倉が口にしたのは、予想外の場所で。



  ※



「いらっしゃい。どうぞ、そのへん適当に座ってて」


 花火大会の翌日、私は紅谷さんの家に遊びに来た。どこに行きたいと言われて、紅谷さんの事を知りたいと思って、思いついたのが紅谷さんの家だった。

 ワンLDKの、カウンターキッチンの前には十畳ほどの広いダイニング兼リビングがあり、黒塗りのお洒落な二人掛けのテーブル、奥にはカーペットが敷かれ、黒革のソファーと赤いローテーブルが置かれている。

 私はカーペットの上に座り部屋を見渡す。部屋の中は綺麗に片づけられ、黒を基調としたシンプルな家具が置かれている。壁側にはやっぱり黒い本棚があり、料理に本が多いことに気づいて、くすりと笑みを浮かべる。

 今日の私は、ちょっと気合いを入れて白に近い淡いピンク地に小花模様のミニのワンピースに白い半そでのニットカーディガンを羽織っている。

 普段はスカートとパンツの割合は半々くらいなんだけど、こんなミニはほとんどはかない。去年、亜美と行ったセールで安いからって買ったけどほとんど着ていなかったこのワンピースをクローゼットの奥から引っ張り出してきた。

 いちお……デートなわけだし、男の人はやっぱりスカートの方が好きかなっとか考えて、私にしては気合い入れて来たんだけど。よく考えれば、紅谷さんってそういうこと考えなさそうだよね、って今更ながら気づいて、ちょっと恥ずかしくなる。


「はい」


 赤いローテーブルの上に細長いグラスが置かれて、カランコロンと心地よい氷の音が響く。


「ありがとうございます」


 言いながらグラスを受け取り口をつけた。


「アイスカフェオレでよかった?」


 私のすぐ横に座った紅谷さんがうっとりするような甘い眼差しで聞かれて、私は小さく頷いた。

 私がカフェオレ好きってちゃんと知っててくれる紅谷さんの優しさが嬉しくて緩みそうになる頬を隠すように俯いた。そのまま、アイスカフェオレを一気に飲み干し、ぷはっと息をついてテーブルにグラスを置く。


「紅谷さんのお部屋、いいですね」

「そうか? ほとんど家では寝るだけだから、生活感ないだろ?」


 苦笑する紅谷さんに、私は首を横に振る。


「そんなことないですよ。紅谷さんらしい部屋に納得ですっ!」


 ふんっと鼻孔を膨らませて力説すると、紅谷さんが美しい眉を寄せて微妙な顔をする。


「俺らしい――って? ももは俺のことどんなふうに思ってるわけ?」


 眉根を寄せた顔もなんとも絵になる紅谷さんについ見入ってしまう。甘く耳にくすぐったく響く声に、ドキドキと鼓動が速くなる。

 なんだか今になって、緊張してきたっ。

 私って紅谷さんの彼女になったんだよねっ!? 紅谷さんが私のこと好きって言ってくれて――

 昨日の出来事をまざまざと思い出して、かぁーっと頬が赤くなるのが自分でも分かる。俯いていた視線をちらっと上げて、紅谷さんを盗み見る。

 バイト時代は長かった少し癖のある黒髪は、社会人になる時にばっさりと短く切られ、だけど毛先がくるっとしているのすら色っぽく見える。きりっとした二重瞼とその下の切れ長の瞳、通った鼻筋と形の良い唇の均整のとれた美貌。十人中十人がぜったいに紅谷さんを格好良いっていうくらい、その顔に浮かべられる甘いマスクは女性をとりこにする。

 蘇芳さんに片思いしていた私だって、紅谷さんのことは普通にカッコイイと思っていた。

 あの頃は、意地悪な言動とにやにっとしな眼差しでからかわれていて、ライバル視していたけどね。まあ、ドジな私が悪いわけで、変ないいがかりとかではないからまた憎めないっていうか。

 おまけに澄ました顔で要領良くなんでもこなすし、でもそれを鼻にかけるでもなく、誰にでも平等に優しい人――

 吸い込まれるような魅惑的な瞳でじぃーっと見つめられて、私は身じろぎながら、小さな声で答える。


「えっと、黒の家具が多いのも、私服に黒が多いから納得です。紅谷さんってなんでも完璧だし、部屋は綺麗に整頓されていると思っていました。紅谷さんと一緒にバイトしていた時は憧れでライバルのように思っていましたから」


 そう答えると、紅谷さんが極甘スマイルを浮かべているから、ざわざわとしびれるような感覚が背中を伝い、身震いする。

 胸がキュンってするよりも、なんだかに逃げ出したくなるような感覚にじりっと座ったまま後ずさる。


「ライバル、ねぇ……」


 艶やかな声でくすりと不敵な笑みを浮かべられて、心臓がバクバク言いはじめる。背筋に冷や汗が伝い、嫌な予感にビクビクしてしまう。


「えっと、今は違いますよ……?」


 なんだか恐怖にかられて、弁明するように付け加えた。

 その言葉を聞いて、紅谷さんが退いた私との距離をじりっと詰めてくる。息も触れそうな距離で下から覗きこまれて、鼓動が更に速くなる。


「そう――?」


 その言葉が胸に突き刺さって、きゅっと締めつけられる。

 紅谷さんを包む空気が一気に冷えたように感じて、恐る恐る尋ねる。


「怒ってますか……?」

「怒ってないよ」

「じゃあ、呆れましたか……?」

「呆れてないよ」


 そう言ってふぅーっと長いため息をついた紅谷さんが私の肩を引き寄せるから、逞しい胸にコンっと頭が当たる。肩を抱いた手と反対側の手で優しく頭を撫でられて、紅谷さんの優しさが伝わってうっとりする。


「なにか、昼メシ作るか――」


 尋ねながらも答えを求めない紅谷さんの口調に小さく頷き返し、紅谷さんがすっと離れてキッチンへと消えていった。

 私はドクドクと鳴り響く胸を押さえて、小さな吐息をもらす。

 からかわれたんだって分かってるけど、バイトの時とは違って紅谷さんの空気が甘いから、どう受け止めたらいいのか分からなくなる。

 付き合いはじめたっていう実感もまだ湧かなくて、紅谷さんの隣にいるのがなんだかくすぐったくて、そわそわした気持ちで落ちつかなくなって、テレビをつけていいか聞いてテレビを見ることにした。




お待たせしました、連載終了から約9ヵ月。

放置していた番外編スタートです!


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