第5話 サヨナラ・・・好きな人がいる人に恋するのはやめる
「話してみたい?」
私が聞き返すと、彼は頷いた。
「佐倉さん、いつも笑顔でバイトしてて、その笑顔が素敵だなと思って。話したらどんな人なんだろうって気になってた」
そんな風に言われて、胸が早鐘のようにドキドキと鳴りだす。
「そうですか?」
お世辞でもそう言われて、うれしくなる。
時刻は十時近くなっていたが、店内はいまだに混んでいる。早く食べて出た方がいいと思い、私は最後の一つになった餃子を口に運び、飲み込む。
「でもまさか、色々言い当てられるとは思わなかったよ」
すでに食べ終えて箸を置いた彼が苦笑する。私は、口の中で餃子をもごもごしながら謝る。
「本当に、すみませんでした……」
「いや、いいんだよ。ほとんど本当の事だし。それに、佐倉さんに言われて、自分の気持ちにも気づいたし」
そう言って窓から外を見るその瞳がせつなさに揺れた。外は十時でも駅前のネオンが光って明るい。きっと彼は、彼女さんのことを思っているのだろう。
「気づいたって……彼女さんのことを好きだってことですか?」
「ああ、今までずっと自分で気づいていなかったんだと思う」
「どうするんですか?」
「えっ?」
「その気持ち、伝えなくていいんですか?」
人の事言えないけど、私はそう聞いた。だって、後悔してほしくなかったから。
そんな私を、彼は目を見開いてまじまじと見つめる。私はちょっと心配になって聞く。
「気持ちを伝えたいとは思わないんですか?」
彼はしばらく考え込むようにして。
「佐倉さんは、誰か好きな人いますか?」
そう聞かれて、私はドキンとする。彼は真摯な瞳で私を見ている。私は、ゴクンッと唾を飲み込んで、ゆっくりと小さな声で答えた。
「います、よ……好きな人」
いますよ、好きな人。目の前に。ずっと見てた、大好きな人……
そう言った私に、やわらかい笑みを見せた彼。
「そうなんだ。佐倉さんは伝えないんですか?」
「わっ、私のことはいいんですよ! 私の事より、蘇芳さんはどうするんですか?」
彼はふっと笑って、外を眺めて口を閉じる。しばらくして、私を見て言った。
「伝えるつもりだよ」
そう言った彼は今まで見たどんな彼よりもせつない顔で、見ている私の方が胸が苦しくなった。
そこで会話は終わって、時間も時間だったので餃子屋を出て駅前で別れた。
※
次の日。夕方まで講義があって、いつもより遅めのバイトで、従業員のロッカールームに行くと紅谷さんが休憩中だった。
「紅谷さん、お疲れ様です。休憩ですか?」
「ああ、今すいてるから、黒沢がキッチンに入ってるよ」
私は更衣室で手早く着替えエプロンをつけ、まずキッチンに向かう。
「おはようございます!」
もう夕方だけど、挨拶はいつも“おはようございます”なんだよね。
「おはよう、佐倉ちゃん」
キッチンから黒沢君が顔を出して挨拶する。
私はシフト票を確認してからタイムカードを押す。カウンターに並んだ伝票を見て、すぐに提供がないことを確認すると、ホールへと向かった。ちょうど夕方前の混雑が落ち着いた時で暇だった。私は、下げられる食器を見つけては片してキッチンに戻るを繰り返した。
その日は何も気づかず終わって、それから一週間して違和感に気づく。
餃子屋で一緒に食事した日以来、彼が喫茶店に来ていない……
毎日来るわけではないからその日は気づかなかったけど、一週間一度も来ないことは今までなかった。
もしかして……彼女に気持ちを伝えて、それでもう喫茶店には来ない、のかしら……?
突然、彼が来なくなり心配な気持ちと後悔の気持ちが渦巻く。それでも、私と彼の接点がこの喫茶店だけではどうすることもできなくて。
私は、自分の気持ちにサヨナラしなくてはいけないと気付いた。




