第38話 リアクション <紅谷side>
「花火、綺麗だね」
すぐ横に感じる佐倉の体温を誤魔化すように、空の花火に視線を向けたまま俺は言った。
「……、……」
ドーン! ドドーン!
佐倉が何か言った時、三色の巨大な花火が連続で上がりその声をかき消す。聞き返そうと思って佐倉の方を向くと、伏せ目がちの妙に艶っぽい瞳で、頬を染めて佐倉が俺を見た。
「今日は紅谷さんに会えて良かったです。また一緒に出かけたいです」
ぎゅっと、胸を鷲掴みにされたような衝撃が走る。
俺だって、佐倉に会いたかったし、また一緒に出かけたい。佐倉にそんなことを言われて、舞い上がり――でも一瞬で冷静に戻る自分がいた。
佐倉が言った“それ”は、俺を男としてみてくれて言っているのか――
それとも、ただ、バイトの仲間としてなのか――
計り兼ねて、冷静な口調で頷くことしかできなかった。
「そう、だね」
もしも、俺も会いたかったと伝えたら、佐倉はどんな顔をするのだろうか。ここにきて、弱腰の自分に嫌気がさす。もし佐倉は、俺のことをただのバイト仲間としか見てなくても――俺が佐倉に好意を持っていると知ったら、同じように、言ってくれるだろうか。
そんなことを考えているうちに、さっきまで鳴っていた音が止み、暗闇の中だった。第一部が終わったことに気づいて、俺は、黒沢達のところに行こうと佐倉に声をかけ、歩きだす。佐倉が下駄で歩きにくそうにしてたのを知っているが、さっきみたいに自然に手を取ることも出来なくて、俺達の間には微妙な沈黙が降り続けた。
黒沢達と合流してからは、佐倉は宮部さんと女の子同士で楽しそうにしていて、話す機会はなかったが、返ってそれで良かったのかもしれない。下手に佐倉と一緒にいては、佐倉のことを意識して、なにか変なことを言いそうな自分が怖かった。
うだうだと考えていたら、あっという間に第二部の花火も終わってしまい、駅に向かって歩き出す。佐倉は宮部さんと七瀬と並んで前を歩いている、その後ろ姿を俺はじーっと見つめた。
「紅谷さん、佐倉ちゃんと何かありました?」
横を歩いていた黒沢が、俺だけに聞こえるような声で囁いた。
そーいえば、黒沢はやたらと佐倉の事を話題に上げてたな。こいつ、何か知っているのか? 俺は苛立った視線を黒沢に向ける。
「何もないけど」
「や、何もないって……なんか、紅谷さん怖いんですけど」
顔をひきつらせて黒沢が言う。
「なんで、俺と佐倉の間に何かあるって思うわけ?」
「だってよく飲み会の後、二人で消えちゃうじゃないですか。だから俺、二人は付き合ってると思ってたのに、付き合ってないって言うから……」
「ちょっ、待て。なんだ、その話!?」
「あー、俺、回りくどいの苦手だから単刀直入に聞きますけど、佐倉ちゃんと紅谷さんってどうなんですか?」
「どうって……」
「付き合っては……?」
「ない!」
俺はきっぱりと即答する。
「じゃー、紅谷さんは佐倉ちゃんのこと好きですか?」
「……」
俺は黙り込み、黒沢を睨む。なんでこいつにこんなこと言わなきゃならないんだ。本人にすらまだ言ってないのに……
はぁー。大きなため息とともに言葉にする。
「ああ、好きだよ……」
黒沢相手に言えても、佐倉に言えなければ意味がないのに、こんなことを聞いてくる黒沢に苛立つ。もちろん、それがやつあたりだと分かっていても、苛立った瞳で黒沢を見たんだが――黒沢の気色の悪いにたにた顔を見て、一気に毒気を抜かれ呆然とする。
「黒沢……」
「あっ、すみません」
よだれでも垂れそうなくらい歪んだ頬を叩いて黒沢が言う。
「でも、やっぱりそうなんですね~」
やっぱりって、何がだ……
「でっでっ、佐倉ちゃんにはOKの返事したんですか? したんですよね?」
瞳をらんらんと輝かせて聞いてくる黒沢に、話が読めなくて、問い返す。
「OKってなんのこと?」
「もー、しらばっくれなくてもいいじゃないですか! 佐倉ちゃんから、告白されたんでしょっ」
「はっ? なんだ、その話……」
思わず、心の声が漏れてしまう。
「えっ、何だって、佐倉ちゃんから告白……」
「されてない……」
俺はじろりと、黒沢を睨みつける。
「黒沢」
「はっ、はい」
「お前が知ってること、詳しく聞かせろ」
眼光鋭く睨み、黒沢が怯えて、こくこくと首を縦に振った。
「よし、良い子だ。そんな黒沢には、酒をおごってやろう」
そう言って、俺は有無を言わせず黒沢を引っ張って、居酒屋に向かった。
※
俺はこめかみを引きつらせ、横に座った黒沢を睨む。
黒沢の話を掻い摘むとこうだ――黒沢は佐倉から告白をどうやってするか相談されて、佐倉が片思いをしていることを知り、その応援をすることにした。それで、その相手ってのが俺で、さっきの電話で佐倉に告白するように促した。合流した俺と佐倉の様子がおかしいから、きっと告白して上手くいったと思って、話しかけてきた――と。
佐倉が、俺を――!
いや、人伝に聞いて喜ぶのはどうだろうか……
「紅谷さん、黒沢、こっち来ないんですかー?」
細倉が顔を出す。
「あっ、ああ、俺はちょっと黒沢と話があるから、そっちはそっちで飲んでてくれるか?」
「わかりました」
素直に頷いて細倉は少し離れた席に戻っていく。そこには、七瀬、宮部さん、そして佐倉もいる。
俺は、駅で他の連中と別れて黒沢だけを居酒屋に引っ張ってきたのだが、飲みに行くと知った細倉が残りの三人を誘ってぞろぞろと付いてきたのだ。まさか、佐倉まで来るとは思わなかったし、聞かれては困る話だったから、俺と黒沢は少し離れた席に座った。
机に肘をつき頭を載せて、大きなため息をする。
「あのー、紅谷さん……? 俺、なんかまずいことしましたか……?」
「いや、黒沢ってより、俺か……?」
「はぁ……?」
俺の言葉に、黒沢は意味が分からないというように首をかしげる。
待てよ、佐倉は「今日は紅谷さんに会えて良かったです」って言う前に何か言っていた。それがもしも告白だったなら、それに対しての返事が、「そう、だね」って……! 俺、何やってんだよっ。
頭を抱え込んで、ぐしゃぐしゃっと掻きむしる。その行動に、黒沢が、横で右往左往してるのを見て、苦笑が漏れる。
ほんと、何やってんだか……
佐倉からの告白を流して、自分は、告白する勇気もなくて。俺と佐倉の間に流れた重たい沈黙は、俺のせいだったのか……
「よしっ!」
言いながら勢いよく立ちあがった俺を、黒沢が見上げる。
「黒沢」
「はいっ!?」
「ありがとな」
「いえ、俺は何も……」
俺は鞄から財布を出して、二万円を机の上に置く。
「黒沢、これであいつらと飲んで」
「えっ、こんなに……」
驚いている黒沢をしり目に、佐倉達がいる席に歩きだす。
「佐倉は、連れていくから」
肯定し、腕を掴まれて瞳を見開いている佐倉を連れて歩きだした。