第36話 アクション 2 <佐倉side>
ここがどこなのか分からず、辺りを見回してみるけれど、暗闇の中、どっちに行けばいいのかもわからず、迷子になってしまった事実に気づくと、急激に心細い気持ちになって、涙が込み上げてきた。
うっ、どうしよう……迷子になるなんて。このまま、黒沢君達も見つからなくって、帰れなくなったらどうしよう……
そんなことありえないのに、涙があふれて、視界がにじんだ。
ドーンっ!
港に響く大きな音と共に、花火大会が始まった。
あーあ、花火まで始まっちゃった……
どんどん沈んでいく気持ちと、慣れない下駄で歩き回ったせいで痛む足に、もう歩けそうにもないと思ってしゃがみ込もうとした時、こんなとこにいるはずがないのに、よく知っている切なくなるほど愛しい声で呼ばれて、腕を掴まれた。
「佐倉っ!」
振り向くとそこには、想像した通りの人がいて――
「べ、にやさん……?」
「やっぱり……」
花火大会には不釣り合いなスーツ姿で、額にうっすらと汗を浮かべた紅谷さんは、呟くような声を出して、眉間にきゅっと皺を寄せる。
ドーンっ! ドドーンっ!
夜空には次々と色とりどりの花火が打ち上げられてるのに、紅谷さんから目をそらせなくって。
「ど、うして、紅谷さんがここに……?」
そう言葉にした瞬間、瞳に溜まっていた涙が頬を伝う。
「あっ……」
泣いてしまったことに動揺して下を向いたせいで、よけいにぽたぽたと涙が落ちる。そんな私に、紅谷さんの逞しい手がすっと伸びてきて、その甲で優しく涙を拭われた。まさか、そんなことされると思わなくて、かぁーっと自分でもわかるくらい顔が赤くなってしまって、恥ずかしい。でも、夜だから、顔色なんてわからないよね……
「あの、私、黒沢君達と来てたんですけどはぐれてしまって、少し心細くなってたみたいです」
「知ってる。黒沢達は、港の北側にいるって連絡があった。ここは南側だから、だいぶ迷ったんだな」
「えっ、南側……?」
「ああ。そこの路地行ったら、すぐ駅の南口」
そう言って、紅谷さんが近くの路地を指した。駅のすぐ近くにいるとも知らずに、帰れなくなったらどうしようとか絶望的になってたことが恥ずかしくって、当分、顔の赤みは引きそうになかった。
「私、逆方向に歩いてきちゃったんですね……。ところで、紅谷さんはどうしてここに? 今日は仕事だったんじゃないんですか?」
そうよ、紅谷さん、仕事って言ってたのに……
「黒沢から誘われたけど、夕方まで仕事だったから来れるかどうかわからなくて」
そうだったんだ。黒沢君が誘ってくれたんだ。黒沢君に、あとでお礼言わなきゃな。
「さっき仕事上がって、着いたら佐倉が迷子だって黒沢から連絡あって……そうだ、黒沢に連絡しないと」
そう言って、紅谷さんは黒沢君に電話をかけた。
紅谷さんに迷子のとこを見つけてもらって、やっと気持ちの落ち着いた私は、黒沢君と電話で話す紅谷さんの横で、ようやく夜空を見上げる余裕が出てきたんだけど――
ドキンッ!
急に手を繋がれて、紅谷さんを仰ぎ見る。
紅谷さんは電話をしたまま、色っぽい流し眼でちらりと私を見て、手を繋いで歩き出した。
えっ、えっ、何? どういうこと?
頭の中がパニックで、ただでさえ顔が真っ赤なのに、頭から湯気が出るんじゃないかってくらい体中緊張して、上手く歩けなかった。
紅谷さんは港に向かう人ごみを上手に避け、人通りの少ない場所を進む。
「佐倉、黒沢が代わってって」
しばらく黒沢君と話してた紅谷さんが、そう言って私に携帯を差し出した。紅谷さんの携帯を受け取って耳にあてようとした時、私の右手を繋いでた紅谷さんの手が離れそうになって、思わず握り返してしまった。
振り返った紅谷さんの瞳は呆れてるような、そんな雰囲気が漂っていて。私はただ心細くって、やっと掴んだ温もりを離したくなくて――離さないで下さい――そう思って紅谷さんを見つめた。紅谷さんが振り返ったのは一瞬だけで、すぐに前を向いて歩き出してしまった。
『もしもし、佐倉ちゃん?』
「あっ、黒沢君? ご心配、おかけしました……」
『佐倉ちゃんのケイタイ繋がらないし、迷子になってたらどうしようってほんと焦ったけど』
携帯の存在なんてすっかり忘れてた……
「ごめんなさい……」
『いやいや、無事ならいいよ』
無事……ではなかったよね、しっかり迷子になってたんだから。
『……佐倉ちゃん。今、紅谷さんと一緒だよね?』
「うん?」
『こないだの話なんだけど、告白するなら今がチャンスだよ?』
「えっ……」
いきなりそんなことを言われて、大きな声を出してしまい、その声にビックリしたように紅谷さんが振り返るから、曖昧に笑って誤魔化す。
「黒沢君、いきなり何言ってるのっ!?」
叫びたい気持ちを抑えて、紅谷さんに聞こえないように小声で言う。
『えー、いい考えだと思うんだけどなぁ。佐倉ちゃんだって、紅谷さんに会ったらそのつもりだったんでしょ』
確かに、その通りだし――
『だから、俺、紅谷さんのこと誘ったのになぁー』
紅谷さんを誘ってくれた黒沢君には感謝してるよ。でも、誘った時に教えてくれればよかったのに。こんな、いきなりだなんて、心の準備が出来てないよぅ……
私が黙ってるのを、怖気ずいてると思ったのか、黒沢君がさらに力を込めて言う。
『それにさ、紅谷さん最初は仕事で無理って言ってたのに今日来たのは、絶対っ! 佐倉ちゃんに会いたかったからだと思うんだよね。花火大会に誘った時、佐倉ちゃんも来るか確認されたし。佐倉ちゃんが迷子かもって言った時も、すごい心配そうな声だったし。絶対、紅谷さんも佐倉ちゃんのこと好きだって』
「う-ん、それは黒沢君の勝手な思い込みじゃ……」
私が怪訝な声で突っ込むと。
『とにかく!』
携帯から耳を離したくなるほど大きな声を出され、身を固くする。
わっ、そんな大声出したら、紅谷さんにも聞こえちゃう。
『今、二人っきりでチャンスなんだから、告白しなさい! いいね、佐倉ちゃん!』
「はい……」
有無を言わせぬ迫力に頷いてしまって、黒沢君が一方的に電話を切ってしまった。