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恋をあきらめたその時は・・・  作者: 滝沢美月
続編『きっと恋が始まる、その瞬間』
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第34話  スターマイン <紅谷side>



 八月六日、土曜日。

 雲一つない青空に、煌々と射す夏の強い日差し、うだるような暑さに店内は大勢のお客様で混雑していた。


「オーダーです」


「お願いします」


 注文のほとんどは、アイスコーヒー、アイスティー。いるだけで汗ばむような外の暑さに、涼を求めて冷たい飲み物や甘味の注文が続く。

 ただでさえ土曜日ということで客数が多いのに、いつも以上の混雑ぶりに、店員も落ち着きなくいつものような対応が出来てなくて、その後処理や対応に追われ、気がついたら上がるはずの十六時はとっくに過ぎていた。おまけに、十七時からシフトに入ってるはずのバイトの子は来なくて、帰るに帰れず――



 昼頃、黒沢から花火大会に来られるか確認のメールがあって、今日が花火大だと思いだした。花火大会に誘われた時、佐倉が来ると聞いて行きたい気持ちもあったが、仕事が定時で上がれないのはいつものことで、変に行くと決めて焦ったり期待を持つのが嫌だったから、行かないつもりでいた。だから、今日が花火大会だってことも黒沢のメールさえなければすっかり忘れていたのに――気づいてしまったら、どうしようもなく行きたくなって、仕方がなかった。

 店内の壁掛け時計を確認すると、すでに十八時半になろうとしていた。

 確か待ち合わせは十八時半って言ってたよな。

 行けない、って諦めてるいはずなのに、諦めきれなくて――ため息が漏れる。


「紅谷マネージャー、またため息ですか?」


 お皿を片づけてキッチンに戻ってきた長谷川さんが、くすりと笑って言う。


「ため息なんてしてないですよ」


 ごく自然に笑顔を作って言ったのに、誤魔化しきれなかったのか、長谷川さんは首をかしげながら笑う。


「まあ、そーゆうことにしてもいいですけどね」


 って言うんだ。まったく、紫音さんといい、長谷川さんといい、どうして突いてほしくないところをほじくろうとするのか……

 眉間に寄った皺をもむように手を当ててると、キッチンの奥から店長が顔を出した。


「長谷川さん、きりがよけれがそろそろ上がっていいですよ」


 そう言った時、俺のポケットで数回の振動があり、長谷川さんと店長が同時に俺を見た。


「あっ、メールなので気にしないで下さい」


 長谷川さんはにやりと意地悪な笑みで口角を上げ、店長はのほほんっと告げる。


「メールか? 会社からかもしれないから、確認しておけ」


 なんとなくこのメールは、見たくない――というか、見ちゃいけない様な気がするのだが、店長にそう言われてはすぐに見るしかない。


「すみません、失礼します」


 店長に頭を下げ、ホールから見えない位置に少し移動する。画面を開き、送信者を確認すると黒沢だった。時間的にそんな気がしていたから見たくなかったんだが、添付ファイルがあることに気づいて、メールを開いてしまい――直後に開いたことを後悔する。



「わぁー、かわいい」


 その声に、ぱっと携帯を閉じて後ろを振り向く。そこには上がったはずの長谷川さんが立っていて、携帯を覗きこんでいた。

 店長の方を見ると、野菜でも取りに行ったのかキッチンにはいなくて、ほっと安堵の息をもらし、再び携帯を開く。


『こんばんは。仕事終わりそうですか? 花火は八時半までだから間に合ったら来て下さいよー。あっ、それと佐倉ちゃんの浴衣姿、写メります。かわいいよねー。実物はもっと可愛いですよー。見なきゃ損ですよー』


 そんな内容だった。仕事中にこんなメールを送ってきた黒沢に、少し腹が立つ。

 くそっ、俺だって行きたいんだ。でも仕事があるから……


「へー、彼女と今日花火大会行く予定だったんですね」


 憤って自分の世界に入ってしまって、側に長谷川さんがいることをすっかり忘れていた。


「マネージャー、ホントはもう上がりの時間過ぎてるんですから、店長に言えばいいのに」


 それは無理ですよ……シフト(じょう)は上がりでも、社員はそうはいかないのが普通なんだ。それなのにデートだから上がらせて下さいとか……言えないだろ。

 そう突っ込みたかったが、なんだかもう否定する気力すらなくなってしまった。


「いえ、いいんです。行けないって、断ってあるので」


「えー、もったいないですよ。彼女の浴衣姿見ないなんて」


「私が抜けたら、シフトに穴があくのでいいんですよ。さぁ、長谷川さんはもう上がりの時間ですよ」


 行きたいけど行けないという矛盾に苦しんでるのに、これ以上、突っ込まれて気持ちをかき乱されたくなくて、長谷川さんを早く帰そうとする。

 邪険にしたのがわかったからか、長谷川さんはやや唇を尖らせて俺を見上げる。その視線を、気付かないふりしてキッチンの奥に行くと店長がベビーリーフの袋を数個片手に持って、戻ってきた。


「あれ、長谷川さん、もう上がっていいですよ」


 店長が言い、俺は心の中で頷き、早くそうしてくれって思ってたんだが、長谷川さんは予想外の発言をする。


「店長、私、今日はもう少しいられますよ」


「えっ?」


 長谷川さんの言葉に、店長がぽかんっと首を傾げ、俺も長谷川さんを見る。


「マネージャー、今日はもう上がりたいみたいですよ」


「ちょ、長谷川さん……!」


「実は……」


 この人はいきなり、何言い出すんだ!?

 俺は慌てて長谷川さんに近寄り、言おうとしてることをやめさせる。


「どういうこと?」


 この忙しい時に何言ってんだお前……そんな不愉快そうな視線で店長に睨まれ、こめかみをもむ。


「いえ、なんでもな……」


 なんでもない。そう言おうとした俺の言葉に被って、長谷川さんが口を開いた。


「マネージャー、体調が悪いみたいなんですよ。でも、心配かけないように黙ってて。私がマネージャーの代わりにシフトに入るので、今日はもうマネージャーを帰してあげてください。お願いします、店長」


 って言うんだ。まさか、そんなことを言われるとは思わず、制止しようとして空いたままの口をぱくぱくさせる。

 ええっと……

 横目で長谷川さんを見ると、ウインクしてにやりと笑った。


「紅谷マネージャー、そうなのか?」


 不愉快そうな顔から、一気に心配そうな顔になった店長が尋ねる。

 疲れがないと言ったら嘘になるが、長谷川さんの言った体調が悪と言うのは嘘で、本気で心配してくれてる店長に嘘をつくのは申し訳なかったが、長谷川さんがくれたせっかくのチャンスを――逃したくはない。


「すみません……」


「なんだ、謝ることない。いいぞ、長谷川さんが残ってくれるなら、紅谷マネージャーが帰っても問題ないし、今日は早く帰ってゆっくり休んで、それで明日も休んでいいぞ」


「えっ……」


 まさかの明日休日宣言に、驚きの声が出てしまう。


「確かに、マネージャーには最近出っぱなしで働いてもらってるからなぁ。明日はゆっくり休みなさい。それでまた明後日から元気に働いてくれよ」


「はいっ、ありがとうございます。お先に失礼します」


 俺は店長に言い、妖艶に口角を上げてホールに出ようとしてた長谷川さんに深く頭を下げ、急いで事務所に向かった。




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