第33話 アクシデント <佐倉side>
花火大会のあるF港には、大学のあるT駅から歩いても行けるんだけどけっこう距離があって浴衣ではきついから、T駅に行く途中で乗り換えて、F港から一番近いF駅に電車で向かった。
F港花火大会は市民祭りの一環だからか、そんなに規模は大きくないんだけど、有名な花火大会みたいに人だらけじゃなくて空いていて穴場だし、駅からF港に続く道には露店がたくさん出ててけっこう楽しめるし、なにより、バイト先の喫茶店があるT駅の沿線とは違うから、バイトを休めるということ。T駅の沿線のE川花火大会は電車も乗れないくらい混むし、花火大会後にお客様がすごいんだよね……紅谷さんの勤務先も同じ沿線だからE川花火大会は行けないだろうと思って、F港の花火大会を誘おうと思ったんだけど……
思考の行きつく先が結局、紅谷さんのことで、また沈みそうになる気分を立て直して、改札を出る。
今日の花火大会には、バイト仲間の黒沢君、細倉君、七瀬君――もともとこの男子三人で来る予定だったらしい――それから、宮部さんと私の五人。細倉君は私と同い年で、留年した黒沢君と同じ講義をとった時にバイトに誘われて、まだ初めて一年。七瀬君は私の一つ年下の大学三年生、宮部さんは大学一年生。
「あれー、黒沢君の彼女さんは来ないの?」
黒沢君の彼女には前に黒沢君主催の飲み会で紹介してもらったんだけど、彼女じゃなくて、どうして男子三人で来る予定だったんだろう?
「黒沢の彼女は今日から研修旅行だって」
にやりと笑って、眼鏡をかけた細倉君が教えてくれる。
「それにしても、二人とも浴衣可愛いですねー。って、年上に可愛いって、ダメでしたか……?」
小柄な七瀬君が、癒し系なほくほく笑顔で浴衣を褒めてくれる。
「ありがと、ダメじゃないよ、七瀬君」
「……ありがとう」
ぽそりと小さな声で宮部さんが言う。宮部さんも小柄で、まっすぐ腰まで伸びた黒髪が綺麗な和風美人なんだけど、人見知りするらしくって、あんまり話すのは苦手らしい。でも、その人見知りを克服するために喫茶店のバイトを始めたらしい。
「宮部さんも浴衣着てきたんだねー。今日は来るまで、誰が来るのか聞いてなかったけど、宮部さんが一緒でうれしいな」
「あの、黒沢先輩から誘われた時に、佐倉さんが浴衣着てくるって聞いて……」
宮部さんの浴衣は、黒地に薄紫の蝶と赤い牡丹が描かれている。華やかだけど、宮部さんにはよく似合っていて、大人っぽい柄が似合ってちょっとうらやましかった。
私の桃柄って……ちょっと、子供っぽい?
「わー、ほんとだ! 二人とも、すごい浴衣似合ってるねー」
黒沢君が親指を立てた手を前に出して、にこにこ笑ってる。
「女の子が佐倉ちゃん一人じゃないほうがいいかなって思って宮部ちゃんも誘ったんだけど、やー、良かったね~」
小声でそんなことを言う黒沢君。
「あっ、そだ。会場に行く前に、みんなで写真撮ろうよー」
そう言って、黒沢君はデジカメと携帯とでカシャカシャと写真を取り始める。私も、黒沢君にお願いして、宮部さんとの浴衣ツーショットを撮っちゃった。
駅前からすでに道路の両脇に屋台が並び、その間をまばらに人が歩いていく。それなりに人がいるけど、混みこみじゃないのが地元の祭りって感じでいいんだよね。
細倉君、七瀬君、宮部さんの三人が前を歩き、その後ろを黒沢君と私が並んで歩く。夕飯も兼ねて、それぞれ好きな屋台に立ち寄りながら、港に向かってゆっくりと歩く。
歩き出してからずっと黒沢君はメールを打ってたけど、きっと彼女にだろうなと思って、話しかけずに歩いた。
たこ焼きの屋台を見つけて買って、リンゴ飴の屋台で買おうかどうしようか見てたら、七瀬君と宮部さんも来て、三人で一番小さい二百円のリンゴ飴を買った。拳よりも小さいリンゴは、姫リンゴかな。
リンゴ飴はお土産に鞄にしまって、たこ焼きは花火見ながら食べようと思って蓋をして持って歩く。
黒沢君はメールが終わったのか、焼きそばとお好み焼きを買って私の隣に戻ってきた。
「そういえばさぁ、佐倉ちゃん。あれから、紅谷さんから連絡あった?」
小声で私にだけ聞こえるような声で言う。
「ううん、何も連絡ないけど……なんで?」
どうしてそんなことを聞くのか疑問に思って言うと、黒沢君は顎に手を当てて上を向いて、うーんっと黙り込んだ。
「どうしたの?」
もう一度尋ねると。
「んっ、何でもないよ」
なんか複雑な笑顔でそう言って、お好み焼きを一口かじった。
「おっ、港見えてきた。座るとこ探そうか?」
前を歩く三人に言いながら追い抜いて、座れそうな場所を探す黒沢君。
「向こうの方、良さそうじゃないですか?」
七瀬君が右側を指さして、みんなの視線がその先にいく。
「そーだな、あっち行ってみるか」
「黒沢、俺、シート持ってきたよ」
細倉君が手に持ってた紙袋を少し持ち上げて言う。
「女の子達、浴衣だから地べたに座るよりいいだろ」
「さすが、細川は準備がいいな~」
細倉君の肩に抱きついてじゃれあう黒沢君。
「花火まであと十分くらいですかね?」
宮部さんが腕時計で時間を確認して言った。
花火の時間が近づいたからか、港に少しずつ人が増えていた。
「あっ、私、お手洗い行ってきてもいいかな?」
近くにお手洗いがあるのを見つけて、私は言った。
「じゃー、先に行って場所取っておくね。あの時計塔のあたり」
黒沢君が言って歩き出し、その後にみんながついてくのを見送って、私はお手洗いに向かって歩き出した。
だけど、これがとんだ事態になるとは思わずに――
「こっ、ここはどこ~!?」
皆と別れて一人お手洗いに行って出て、まっすぐみんなが向かった方向に歩いてたんだけど、予想以上に人が多くなってきてて、上手くまっすぐ進めなくって……気がついたら、自分が今、どこにいるのか分からなくなってしまっていた。
こうゆーの、迷子っていうのかしら……
方向音痴ではないし、この辺りは買い物で時々来るし、去年も花火見に来てるから土地勘はあるのに、自分が今どこにいて、さっきみんなと別れた場所がどこで、みんながどこにいるのか……全くわからない。そんなに見物客は多くないだろう、ちょっとくらい離れてもすぐに見つけられるだろうって過信してたせいでこの状況。
今の時代、便利になって携帯という物があるのに、初めての迷子という事態にテンパってて、その時の私は携帯の存在を忘れ、おまけにウロウロ歩きまわって余計に迷子になってるってことすら気づいていなかった――