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恋をあきらめたその時は・・・  作者: 滝沢美月
続編『きっと恋が始まる、その瞬間』
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第32話  アプローチ <佐倉side>



「佐倉ちゃん、どうしたの?」


 眉間にぎゅっと皺を寄せた黒沢君が、訝しんで私を見つめる。

 ホールの端にあるお冷が置かれた場所で私と黒沢君は並んで作業をしてるんだけど、お冷に入れるレモンを包んでいた私は、にこりと微笑んで言う。


「なんで? 何もないよ」


 笑顔でそう言った直後、顔からすっと表情が消えて、ふーっと大きなため息と一緒に肩を落とした。


「何もないわけないだろ? さっきっから、沈んだ顔して……すごい、気になる。もしかして紅谷さんと……何かあった?」


 そう聞かれて、思わず抱きついていた。


「黒沢くーん……」


 まだオープンしたばかりでお客さんがほとんどいなくてよかった。つい勢いで抱きついてしまって半泣きで黒沢君を見上げると、珍しく困った顔をして横を向いていて、首をかしげる。


「あっ、どうしたの? 俺でよかったら相談のるよー?」


「あのね、実は……紅谷さんにメールしたんだけど、しばらく仕事が忙しいみたいで無理って言われちゃって」


 この近くの花火大会に誘おうと思って土曜の予定空いてるかメールで聞いたら、割とすぐに紅谷さんから返事が着たんだけど、その内容は――


『しばらく休みなしで仕事だよ。なので来週の土曜は無理かな。ゴメン。誘ってくれてありがと』


 ――だった。

 仕事なら仕方ない、そう思って納得しようとしたんだけど、しばらく会えないと思うと悲しくて。

 せっかく勇気を出してメールしたのに、断られたことが悲しくて。紅谷さんが悪いわけじゃないのに、ってもやもやして。

 納得しなきゃってわかってるのに、がんじがらめにされたように身動きが取れなくなって、苦しくって……昨日からその思考の繰り返しで、自分でも仕事中に暗い顔してたらダメだってわかってるのに、気持ちの切り替えが出来ないでいた。その時。

 ぽふんっ。

 黒沢君の大きな手が私の頭を優しくポンポンって撫でてくれた。


「元気出して。そうだ、来週あるF港の花火大会、バイト仲間で行こうって話してるんだ。佐倉ちゃんも一緒に行こうよ」


 にこっと笑った黒沢君、大好きなボールを見つけられたワンコのような元気いっぱいの笑顔につられて――気が付いたら自然に笑っていた。

 私が紅谷さんを誘おうと思っていた花火大会に、黒沢君に誘われるとは思わなかったけど、せっかくお母さんが浴衣貰ってきてくれたんだし、着ないともったいないよね。


「うん。あのね、浴衣新調したから、それ着てくね」


 浴衣のことを思い出したら、勝手に頬が緩んでしまって、ちょっと恥ずかしいなと思ってたら、また、黒沢君がぽふんっと頭を撫でてきた。


「楽しみだね、来週」


 そう言って黒沢君はすぐに私に背を向け、キッチンに行ってしまった。

 そーだよ、せっかく新しい浴衣着て花火大会に行けるんだから、楽しまなきゃ。紅谷さんとのことは……また今度考えるとして、今は楽しいことだけ考えよう!



  ※



「ももちゃん、髪の毛はポニーテールでいいの?」


「うーん、だっておだんごするにはちょっと短いし」


 私の髪の毛は肩につくくらいの長さ、ポニーテールにしてちょうどおくれ毛が出なくていいんだよね。

 ぴょんっと跳ねたポニーテールの毛先を掴んで、鏡越しに見る。


「それよりさ、シュシュまで桃柄なんてうっとおしくないかな?」


「大丈夫よ。シュシュの桃柄大きくてほとんど分からないし、可愛いわよ」


 いつものにこにこ顔でお母さんが言う。お母さんはファッション誌の編集してるくせに、ファッションには鈍感というか、私がどんな格好しても、感想はいつだって“可愛い”なんだから、ぜんぜん参考にならないのよね。ほんわかしたお母さんだから、仕方ないか。はぁー、私もお母さんに似て、穏やかな性格だったら良かったのになぁー。誰に似たんだろう、この性格……ってお父さんだよねー。がくんっと肩を落としてから、がばっと顔を上げる。

 こんなこと考えててもどうにもならないし、もう行こ。


「じゃ、お母さん行ってくるね」


「はーい、いってらっしゃい。遅くなるようなら、ちゃんと連絡してね」


「うん」


「ももちゃん慌てん坊だから、下駄で走って転ばないようにね」


「うん」


 玄関で桃色の鼻緒の下駄をはきながら、適当に相づちを打つ。


「それから、紅谷さんにはくれぐれもよろしく伝えてね」


「うん」


「今度は、お家に連れて来てね」


「う、……? えっ、お母さん!?」


 私は慌てて振り返って、お母さんを見上げる。お母さんは相変わらず、いつものにこにこ顔でうふふと笑ってる。


「紅谷さん、って……」


「ももちゃん、いっつもお家で紅谷さんの話してるでしょ?」


 えっと、そうだったかな……? そんなに話してる覚えがなくて、首をかしげる。


「今日も紅谷さんとデートだなんて、桃柄の浴衣、頂いてきてホントよかったわー。今度ちゃんと彼氏の紅谷さんを紹介してちょうだいね」


 両手をにぎりしめてキラキラと瞳を輝かせるお母さんに、私は慌てて立ち上がって、よろめきながら大声で否定する。


「ちっ、違うよ。今日は紅谷さんとじゃないよ、バイトの仲間とで……ってか、紅谷さんは彼氏じゃないしっ」


 私が否定しても全然信じないと言ったかんじで、むしろ恥ずかしくって否定してるとか思ってそうで……


「とにかく、違ーう! 待ち合わせに遅れちゃうからもう行くね」


 バタバタと荷物をまとめて、玄関を出る。

 いつもは駅まで自転車だけど……さすがに浴衣では無理だから、歩いて駅まで行くんだけど、家が見えないとこまで小走りして、ふーっと胸をなでおろした。

 お母さんまでとんだ勘違いしてて、本当にビックリしてしまった。私、そんなに紅谷さんの話したかな?




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