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恋をあきらめたその時は・・・  作者: 滝沢美月
続編『きっと恋が始まる、その瞬間』
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第31話  コンタクト 2 <紅谷side>



 ポケットの中から微かな振動を感じて、包丁を握っている手を一瞬止める。振動が数回で止まったのでメールと判断し、再び手を動かす。キュウリ、トマト、レタス、ハムと、ミックスサンドの仕込みを一段落させ、手を洗ってからポケットに手を入れて携帯を取り出す。

 思った通りメールの着信を知らせてて、キッチンの隅によって、急ぎの内容か確認するために画面を開く。


『From:佐倉

お久しぶりです。この間は一緒に映画に行って頂いて、ありがとうございます。』


 送信者が佐倉からだったことと、あのデート以来二週間ぶりの連絡だったので驚いて画面を見つめる。

 次の文章に画面を進めると。


『私はやっと前期試験が終わって、ほっとしてます。明日から夏休みです。

紅谷さんは仕事忙しいですか? 来週の土曜日、もしお休みだったら、また一緒にでかけませんか?』


 佐倉からもう一度一緒に出かけようって誘われるとは思ってなくて、予想外のことだらけに頭が混乱する。

 あの映画に行った日――にやりと妖艶な笑みを浮かべた紫音さんに急かされるような事を言われて、じれったい想いを抱えながらも、照れくさくて、すぐに喫茶店を出て佐倉と別れた。

 駅に向かう道、佐倉が目をキラキラと輝かせて紫音さんをべた褒めしてるのを苦笑して頷いて、ほとんど会話もないままお互い逆方向の電車に乗ったのだ。

 帰ってからすぐに佐倉にメールしようと思ってたのに、急遽仕事に行くことになり、そのまま連絡を取っていなかった。

 改めて考えてみれば、ただ一緒に映画見ただけなのに、その日にメールするのはしつこいと思われるかと思ったり。佐倉は、あの日のことをデートとは思ってないよな、一人で浮かれて馬鹿みたいだ、とか考えてたら、世間はすっかり夏休み――俺達社会人には関係ないが――客層は夏休みの宿題をする学生が増え、バイトの大学生も夏休みということでバイトに多く入ってくれる子もいるがその逆に休みを取る子も増える。結果、その穴を埋めるために社員の俺はほとんど休みなしで働いていたら、あっという間に二週間が経っていた。

 だから、あの日のことは夢のように楽しい一日だったからこそ、本当に俺が一人で見てた夢なんじゃないかと思って、結局佐倉に連絡を取れずにいた。

 もっと積極的に行動を起こして、佐倉に気持ちを伝えたいとは思うけど、実際問題、仕事で手いっぱいな上、社会人と学生という距離感は大きいと痛感するばかりだ。勝手に突っ走っていく自分の気持ちをもてあましていた。

 だから、本当に、佐倉からのメールはビックリしたんだ。まさか、佐倉からメールが来るとは思わなかったし、その内容が遊びの誘いだなんて。でも――


『To:佐倉

久しぶり。こちらこそ、映画に誘ってくれてありがとう。

試験お疲れ様。夏休み……懐かしい響きだな。こっちはしばらく休みなしで仕事だよ。なので来週の土曜は無理かな、ゴメン。誘ってくれてありがと。』


 しばらく休みなしで仕事なのは本当で、もちろん土日が休みなわけもなく。

 メールを打ち終わって携帯をしまいながら、ホール側の壁に貼られたシフト票のところまで移動し、シフト票をめくって来週の土曜日のシフトを見る。紅谷と名前が書かれた欄には、朝五時半から夕方まで大きく線が引かれている。

 分かってはいても、どうしようもなくため息が漏れて、よけいに情けなくなる。

 シフト票の前にぼーっと立ちつくしていたからか、ぽんっと後ろから肩を叩かれて、驚く。振り返ると、長谷川さんが立っていて。


「どうしたんですか、マネージャー? ため息なんてついて」


「いや、何でもないですよ」


 長谷川さんが不思議そうに横から覗き込んできたから、持ち上げていたシフト票をあわてて離す。


「ははーん」


 そう言ってにやりと笑った長谷川さんに、つられて笑い返す。なんだか、あの日の紫音さんのにやり顔を思い出してしまって顔が引きつる。このバイトの長谷川さん、二十九と歳が紫音さんと同じだからか――時々、紫音さんと同じような言動をしてひやりとさせられる。


「もしかしてマネージャー、来週の土曜日は彼女とデートですか?」


 しっかり、来週の土曜日のシフトを俺が確認してた事を見られていて、またため息が漏れる。


「いえ、そんなんじゃ……」


 俺は一言も彼女だなんていってないのに、長谷川さんは結局、佐倉のことを――紙袋の彼女と呼んでいるが――彼女だと勝手に決めつけて話をしてくる。この強引さが似ているのだろうか……

 誤魔化そうとしたけど、どうも年上の女性には弱いというか……


「わー、マネージャーのシフト真っ赤っかですね。来週の土曜どころか、しばらく休みないなんて。紙袋の彼女とデート出来なくて残念ですね」


 俺が否定する間もなく。


「あっ、もう五時なので上がってもいいですか? お先に失礼します。お疲れ様です」


 そう言って長谷川さんはにこやかに事務所に向かって行ってしまった。

 あまりのマイペースさに呆れを通り越して笑いが漏れ、俺はその後ろ姿を見送った。



 結局、佐倉とはしばらく会えないし、この夏は一緒にどこか行くこともできないという現状に、ただため息がこぼれるだけだったけど。

 まさか、数日後に来る一通のメールから急展開になるなんて、一体誰に想像ができただろうか――




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