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恋をあきらめたその時は・・・  作者: 滝沢美月
続編『きっと恋が始まる、その瞬間』
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第26話  カフェの貴公子 1 <佐倉side>



 可愛い――とか言われて、紅谷さんのこと意識しちゃって見れなくて。さっき以上に、黙々とパスタを口に運ぶ。

 そんな私を紅谷さんは気にした様子もなく、ご機嫌でパスタを食べている。

 うーん、パスタを食べる姿も、なんというか色っぽくて……絵になるなぁ。そんなことを考えてると、後ろの方の席の話声が聞こえてしまった。


「ねぇ、あれ……貴公子じゃない?」


 貴公子……? 貴公子なんて、今時いないでしょ、いるなら見てみたいけど。そう思って、声の聞こえた方を振り向くと、こっちを見てる女性と目が合ってしまった。


「でも女連れなんて、違うんじゃない? こっち向かないと分かんないよ」


「絶対そうだって」


 目が合った女性は、一緒に座ってる女性とそんな会話をしている。私は訳が分からなくて首を傾げて、また前を向いてパスタを食べ始めたんだけど。


「見て、貴公子がいる……」


 二人組の女性客がこっちを見てそう言いながら通り過ぎていった。ちらりと店内を見回すと、あちこちで女性客がこっちを見て何か囁き、中には携帯で写真を撮ってる人もいて――確信する。

 “貴公子”――そう呼ばれてるのは、紅谷さんのことなんだって。でも、なんでそんな風に呼ばれてるのかわからない。確かに紅谷さんは見た目格好良いから、女性が見とれてしまうのもわかるけど、貴公子ってなに?

 私が一人キョロキョロいている間、紅谷さんは全く周りの様子には気づいていなくて、優雅にフォークを口に運んでいる。

 なんか紅谷さんって……謎の存在過ぎる!



 その時。カランカランっと、扉についた鈴の音が涼やかに鳴り響き、入口の方を振り返ると、そこに見覚えのある女性が立っていた。茶色いさらさらのロングヘアを右側にまとめ、印象的な切れ長の瞳のすっごい美人――合コンの帰り、M駅で会った紅谷さんの大切な人――

 私が呆然と見つめてると目が合い、女性は軽く会釈し、カツンカツンとヒールの音を軽快に響かせ歩いてくる。私も慌ててお辞儀し、手に持ったままだったフォークをカウンターに置いた。

 私の行動に気づいた紅谷さんが振り返り、あっと息をのむ音が聞こえた。


「紫音さん――」


 そう言って紅谷さんは、大きく目を見開く。

 紫音さんと呼ばれた女性も、紅谷さんを見て片眉を上げ、驚きの表情を浮かべる。


「あら、雪路も一緒だったの?」


「紫音さんこそ、どうしてここに……?」


「この近くで仕事があってランチ食べに来たのよ。それよりも――」


 そこで言葉を区切り、切れ長の瞳で正面から見据える。


「こちらの方、以前もお会いしたことあるわね。紹介してくれる?」


 そう言って微笑んだ顔は、蝶が舞ってるかのように華やかで――紅谷さんと二人並ぶと美男美女でお似合いで、うらやましいと思った。

 だけど、ぼんやりそんなこと考えてる場合じゃなくて、彼女じゃありませんって誤解をとかなきゃと思った。紅谷さんの大事な人に、そんな誤解をされたら、紅谷さんに申し訳なくて――


「あの、私――」


 そう思って口を開いたんだけど、私の言葉よりも先に紅谷さんがにこりと笑顔で言う。


「こちらは佐倉ももさん。佐倉、彼女は紫音さんと言って俺の――」


「ももさん、はじめまして。松林(まつばやし) 紫音です」


 紅谷さんも紫音さんも眩い笑顔で言い、紫音さんは私に右手を差し出した。私は慌ててぱっと椅子から立ち上がり、紫音さんの手を握り返す。


「はじめまして、佐倉です。あのいつも紅谷さんにはお世話になってて、私、バイトの……」


「ええ、雪路から聞いてるわ。バイトが一緒だったんですってね」


「あっ、はい……」


 そう言われ、なんだかずんっと気持ちが重くなる。紅谷さんから聞いてるって……やっぱり紫音さんは紅谷さんの彼女なんだろうなぁ――

 はぁー。恋の自覚をした瞬間、失恋って悲しすぎる。ってか、前回とおんなじパターンですか……?

 あからさまにため息をついてしまったからか、紅谷さんと紫音さんが不思議そうに私に視線を向ける。


「あっ、あの……」


 何か、言わなきゃ。そうだ、私は帰った方がいいとか? えっと……

 もー、どうしたらいいのか分かんなくなって、頭の中がパニック! たぶん行動もおかしかったかもしれない……


「佐倉、大丈夫?」


 紅谷さんに心配そうに顔を覗きこまれ、はっとする。いつのまにか、紫音さんはカウンター席から離れた奥の席に座っていた。


「あっ、あれ? 紫音さんと一緒に座らなくていいんですか?」


「ああ、大丈夫だよ。紫音さん、食事は一人で食べる派だし、それにこの後もまた仕事みたいだよ」


 そう言って紅谷さんは、またパスタを食べ始める。

 えっ、ほんとにいいの……? だって彼女……いや、待って! そういえば、一度も紫音さんが彼女だとは言われてない……ような?

 M駅で親しげに話してた雰囲気から、紅谷さんにとって大事な人なんだろうとは思ってたけど――だからってイコール“彼女”では、ない――?


「あの、紅谷さん……」


 私は思い切って、聞いてみることにした。膝の上で拳を握りしめ、くいっと紅谷さんの顔を見上げて尋ねた。


「紅谷さんと紫音さんって、どういう関係なんですか?」


 私は一世一代の大決意とばかりに聞いたんだけど、返ってきた答えはあさっりと――そして、思わぬものだった。




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