第22話 プリズナー <佐倉side>
改札に向かって歩き出した足を止め振り返り、背中を向けて歩き出していた紅谷さんに駆けよって叫んだ。
「紅谷さんっ!」
待って……!
はぁ、はぁ。ちょっと走っただけなのに、動悸がすごい。
言わなきゃ、言わなきゃ……
心の中で何度もその言葉を繰り返して、ぎゅっと鞄を握り締める。
「何? どうした?」
振り返った紅谷さんはそう言って、私に近づいてきた。
うぅ……緊張で爆発しそう……
なかなか言葉に出せなくて、少しの沈黙の後、私は思い切って口を開いた。
「あの……」
顔をあげて紅谷さんを見た私の顔は、どんなだったのだろう……。きっと真っ赤になってるに違いない。紅谷さんを呼び止める直前に、鞄から出して右手に握りしめていた小さな白い封筒を差し出す。
そんな私の行動を不思議そうに見返した紅谷さんと目が合って、もう本当に恥ずかしすぎて――目なんか合わせてられなくて、下を向いた。
封筒を受け取った紅谷さんをちらっと見ると、中身を確認してる。
「これは?」
そう聞かれて、私はぎゅっと目を瞑り……顔をあげて紅谷さんを見る。
「あの、母がもらった映画券なんですけど、もう見たらしくて……。紅谷さん、まだ見てなかったら、一緒に行きませんか……?」
実は今朝、出かける直前に母がその封筒を渡してきた。
『新聞屋さんに貰ったんだけど、お母さんはお父さんと公開初日に見に行っちゃったのよ。ももちゃん、お友達とでも見たらどう?』
もう靴を履いていたから、部屋に置きに戻るのがめんどくさくて、そのまま鞄に入れて出てきた。電車の中、映画、誰といこうかな~。
そう考えて、一番初めに思い浮かんだのが紅谷さんの顔だった――
今まで二人だけで出かけたことなんてないけど、そう思ったの。紅谷さんと一緒に遊びに行きたい――って。
紅谷さん、一緒に行ってくれるかな……
そう考えて恐る恐る顔を上げたら、見た人はみんなうっとりとしてしまうような魅惑的な微笑みで紅谷さんがこっちを見ていた。
「ありがとう! まだ見てないから、一緒に行こう、佐倉」
えっと……今、なんて、言いました……?
紅谷さんの笑顔が素敵すぎて見入ってしまって、よく聞こえなかった……確か……、一緒に行こうって……?
「本当ですか……?」
自分の耳が信じられなくて、呟くような小さな声で聞き返す。
「ああ」
紅谷さんは色っぽすぎる微笑みと甘い声で言って頷いた。
キューン!
目の前がチカチカする……!
胸がドキドキいいすぎて壊れてしまいそうだ。破壊力抜群の紅谷さんの甘いマスクを久しぶりに間近で見て――というか、自分に向けられるなんて初めてのことで、完全に思考回路が停止してしまった――
気がつくと、紅谷さんはすっかりいつもの少し澄ました口調に戻ってて、いつ都合が良いかとか、どこに行くかとか、聞いてきたけど、それに対して私はなんと答えたのかぜんぜん覚えていない。私からデートのお誘いをしておきながら、日時や場所などぜんぶ紅谷さんに決めさせてしまった。
覚えているのは――眩しすぎる黒い瞳と色っぽい唇で微笑んでいた紅谷さんの顔だけだった。