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恋をあきらめたその時は・・・  作者: 滝沢美月
続編『きっと恋が始まる、その瞬間』
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第21話  イントロ <佐倉side>



 私は初めて携帯を持った時から、着信音をずっと変えていない。中学生の頃に、好きな女優さんが出てたドラマの主題歌のメロディを自分で入力して機械音で鳴る着信音。

 今は着信音も、着メロとか着ボイスとか、メロディだけじゃなく声も入ってたりするけど、私はずっと、着信音のままだった。

 鞄から聞こえる大好きな音に、はじめはメールの着信だと思ってたけど、ずっと鳴り続けるので、慌てて鞄の中を探す。

 実は……大好きすぎて、メールも電話も同じ着信音を使ってるのよね。普段は、電話なんてほとんどかかってこないし、電話なら着信音が長くて気づくしね、そんなに不便だと感じたことはない。

 鞄の携帯用内ポケットに入れておいたはずが、落ちて鞄のそこにあったのを掴んで、通話ボタンを押した。


「はい、もしもし?」


 慌てて出たから、誰からの電話なのか確認し忘れちゃった……誰かしら?

 ほっと溜息のような音が聞こえた後、耳に沁み入る懐かしい声が聞こえて、胸がキュンっと痛んだ。


『佐倉、今どこ? もうK駅出ちゃった?』


「紅谷さん?」


 紅谷さんからの電話……どうして……? だって、さっきお店を出たばっかりで、忙しいって言ってたから、そんなすぐに渡してもらえるとは思わなかった。


「えっと、いえ、まだ駅前ですけど……どうしたんですか?」


 それとも、手紙を見たわけじゃなくて、何か違う用事で……?


『駅前? 北口?』


 そう思ったけど、なんだか紅谷さんの声が緊張してるように聞こえて、私までどきどきとしてきてしまった。


「えーっと……北口改札の前、です」


『わかった。ちょっとそこで待ってて』


「えっ、紅谷さん……?」


 待ってて、ってどういうことですか……? そう聞こうとしたけど。


『佐倉、そこにいて!』


 そう言った紅谷さんの声が聞こえたかと思うと、ブチッと電話が切れ、ツゥーツゥーという機械音が響いていた。携帯を耳から離して画面を眺め、首を傾げた。

 なんだろ……? なんか、紅谷さんの様子、変だった……?

 待って! 紅谷さん、待っててって言ったってことは、ここに来るの!?

 えー、なんでなんでなんで……?

 会えるのは嬉しいけど、突然の展開に頭がパニックになってる!

 紅谷さんを探して辺りを見回していると、電話が切れてから数分も経ってないのに紅谷さんが現れた。


「紅谷さん、どうして?」


 走ってきたのか、うっすらと額に汗がにじんでいる。精悍な顔立ちにはそんな汗もとても似合って見えた。


「これ、持ってきてくれてありがと。それだけ言いたくて……」


 そう言って上げた紅谷さんの手には、私がさっき喫茶店に置いていった紙袋が下がっていた。

 あっ、それ……っていうことは。


「わざわざ、それだけ言うために……?」


「ああ」


 やっぱり手紙を読んで、来てくれた……

 たったそれだけのために来てくれた紅谷さんの優しさに胸がほんわかとしたけど、紅谷さんの姿を見て、すーっと自分の顔が青ざめるのがわかった。

 だって、紅谷さんったら、chat blancのエプロンをつけたままなんだもの。つまり、仕事中に抜け出してきたってことでしょ――!

 私ったら、嬉しいなんて思ってる場合じゃないよ!


「そんな、忙しいって聞いたから渡してもらえるように頼んだんですよ。仕事中にこんなとこまで来て、ダメですよっ、早く戻ってください!」


 言いながら、紅谷さんの背中を押した。早く店に戻ってもらわなきゃ。そう思って焦ってるのに、くすりという笑い声が聞こえて、びっくりする。なんで笑うの?


「佐倉、大丈夫だから。今、休憩中」


「えっ……」


 紅谷さんの背中を押していた私の腕を掴んで紅谷さんは眩しいほどの笑みを浮かべた。でも……


「だって、紅谷さん……」


 紅谷さんをまじまじと見ると、紅谷さんの澄んだ涼しげな瞳とぶつかった。


「……エプロンつけっぱなしです」


 私がそう言うと、紅谷さんは自分の体を見下ろして、見る間に顔が赤くなっていった。

 もしかして、エプロンつけっぱなしなの気づいてなかった……?

 紅谷さんは、口元に手をあてて、照れたように斜め下を見つめて呟いた。


「外すの忘れてた……。あー、すっげー恥ずかしい……」


 そう言って真っ赤な顔をしてる紅谷さんは、なんだか新鮮だった――

 だって、いつも澄ましてて、私の失敗をにやりっとかって笑ってる印象が強くて……顔を真っ赤にしてる紅谷さんなんて初めて見るから――なんだか、私の方が照れてしまう。

 しばらくお互い黙り込んだままで、紅谷さんがぼそりと、少し枯れた声で囁いた。


「佐倉……」


 えっ? なんだろう?

 そう思って顔をあげて、紅谷さんの顔をみつめる。もうすでに、普通の顔色に戻ってしまった紅谷さんの瞳はなんだか真剣な色を宿してて、私は首を傾げた。


「いや、何でもない……」


 そう言ってからにこり微笑んだ紅谷さんは、少しかがんで私と同じ目線で正面から見据えた。


「ほんとに眼鏡ありがとな。また、よかったら来て」


 “また来て”その言葉が嬉しくって。


「俺、キッチンにいることが多いからその時は――」


 紅谷さんの言葉よりも先に、私は微笑んで言っていた。


「はい、今度来る時は、メールしてから来ますね」


 だって、ちゃんと、紅谷さんに会いたいから。

 今回は連絡してなくても、運よく会えたけど……会えないかもと思った時の焦燥感、もう味わいたくなかった。だから――


「ああ……じゃ、俺戻るから」


 黙ってしまった私に、紅谷さんはそう言った。まだ着けたままだったエプロンを外して片手にまとめながら。


「はい。仕事頑張って下さい」


 軽くお辞儀をして、改札に向かって歩き出す。

 もうあんな気持ちは味わいたく――でも、だから――

 心の中を複数の気持ちが渦巻き、自分の意志とは関係なく、激しく心が揺れる。

 さっきの着信音は――私の恋のイントロだったのかもしれない――




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