第20話 芽吹き始めたココロ <佐倉side>
“会いたい――”
誰かにそんな感情を抱いたのは、いつぶりだろうか――
会えなくて悲しい――そう思ったのは、いつのことだろうか。
※
鞄から手帳を取り出し、後ろのメモ帳にゆっくりと文字を書き始めた。
『紅谷さん
昨日は駅まで送っていただきありがとうございます。慌ててたので、紅谷さんに借りた眼鏡を返し忘れてしまいました。仕事で使うと聞いていたので、返すついでにK駅支店のchat blancの見学に来ました。
直接お礼と眼鏡を返したかったのですが、バイトの人にキッチンにいて忙しいと聞いたので、手紙と一緒に置いていきます。』
そこまで書いて、手を止める……
こんなことなら……
『こんなことならメールして来ればよかったですね……驚かそうと思ったのですが、今日はお会いできなくて残念です。』
紅谷さんに会いたかったです――
そう書こうかと思って、首を振り、続きを書く。
『眼鏡ケースはさっき駅で買ったものですが、お礼ということで受け取ってください。今度、ちゃんとお礼をさせて下さいね!
――佐倉』
そう……本当はもう一つ、渡したいものがあったんだよね……
鞄に入ってる白い封筒を見て、ため息が出る。直接、渡すのは緊張するから、それこそ、手紙と一緒に渡しちゃえばいいだろうけど、でも。
ちゃんと、自分から渡したい――そんな風に思うのは……
最近、紅谷さんと一緒にいるとドキドキが止まらなくて、優しくって暖かい気持ちになる。それはどうしてなのか? その気持ちの正体を――知りたくないけど――知りたいと、思うからかもしれない。
そうよ、白い封筒は、直接渡さなきゃ! 今日の目的は、とりあえず眼鏡を返すことでしょ?
紅谷さんならきっと、この手紙を読んだらメールをくれるはずよ。だから、今日は会えなくても、自分で手渡しできなくても、我慢しなきゃ!
手紙を書き終えて紙袋に入れた時、さっきの女性従業員が通りかかったので、声をかける。
「これ、紅谷マネージャーに渡しに来たんですけど忙しいようなので、渡してもらえますか?」
そう言って、テーブルの上に紙袋を置く。このくらいはきいてもらえるよね? そう安易に考えたことは間違いだった。
「すみません」
女性従業員は頭を下げ、そう言った。
えっ? 私は意味がわからなくて、首をかしげる。
「そういったものはお受けできないことになってるんです、申し訳ありません」
言って、そそくさとその場を離れていく女性を、私は呆然と見つめた。
えっー!? そんなのってアリ……?
会えない上に、眼鏡を渡すことも出来ないなんて……
あまりの事態に、どうしていいのか分からなくなって、微動だにもできなくて、その場に縫いとめられたように動きが止まってしまった。
ほんと、どうしよー……
そう考えるけど、答えは一つしかなかった。この眼鏡はどうしても今日中に渡さなければ! 渡してもらえないなら、渡してもらえるようにするしかい。
再び手帳を広げてメモを書き、半分ほど残っていたカフェオレを一気に飲み干す。カフェオレはすっかり冷えて、だけど色々考え過ぎて火照った体には心地の良い冷たさだった。
チリン、チリン。
「ありがとーございましたー」
喫茶店のドアに付いた鈴の音と共に、従業員の声が響いた。
やっちゃった……出てきちゃった!
何をやったかって? それはね……、客席にテーブルの上に紅谷さんの眼鏡の入った紙袋と「紅谷マネージャーに渡して下さい」って書いたメモを置いてきたの!
従業員に直接は受け取ってもらえなかったけど、置いてきちゃえば、きっと紅谷さんに渡してくれるでしょ?
少し強引なやり方だけど、これしかもう方法がなくて、仕方なく、ね。そう思って、苦笑する。
結局、紅谷さんには会えなくて残念だったけど、仕方ないよねー。少し沈んだ気持ちで駅前に向かって歩いていたけど、途中でかわいい雑貨屋さんを見つけて入ってみる。
店先には鞄や靴、アクセサリー、その他雑貨が置かれ、ウィンドーからかわいらしい内装が見えて入って見たんだけど、奥には洋服も置いてあって、見てるだけでも楽しくって――さっきまでの沈んでた気持ちが、ちょこっとだけ浮上した。かわいいなって思った物に手を伸ばして見たり、してしばらく店内をぶらついてから店を出た。
再び、駅に向かって歩いてると、鞄の中から聞きなれたイントロが流れた。