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恋をあきらめたその時は・・・  作者: 滝沢美月
続編『きっと恋が始まる、その瞬間』
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第18話  つまり、どうしても <紅谷side>



 帰ったはずの佐倉に呼ばれて、俺は足を止め振り返った。


「何? どうした?」


 そう言って、佐倉のすぐ側に戻る。佐倉は胸の前で鞄を両手で抱えるようにして持ち、下を向いていた。しばらくの沈黙の後。


「あの……」


 そう言って顔をあげた佐倉は耳まで真っ赤で、小さな封筒を差し出した。

 何だ……?

 そう思って視線を向けると目が合って、ぱっとまた下を向かれてしまった。俺は恐る恐るその封筒を受け取って、中身を確認する。そこには『ガリバー』と先週公開されたばかりの映画のタイトルが書かれていた。


「これは?」


 間抜けにも、そんなことしか聞き返せなかい自分が嫌になる。


「あの、母がもらった映画券なんですけど、もう見たらしくて……。紅谷さん、まだ見てなかったら、一緒に行きませんか……?」


 顔を真っ赤にさせて言う佐倉を、俺はぼーっと見つめ返してしまった。

 今、なんて言った……?

 確か……映画……

 そう思った瞬間、微笑んでいた。


「ありがとう!」


 俺は天にも昇るような気持ちのまま微笑み、言った。


「まだ見てないから、一緒に行こう、佐倉」



  ※



「マネージャー、何かいいことでもありました?」


 キッチンにいる俺に、長谷川さんがそんなことを聞いてきた。


「どうして?」


「休憩から戻ってきてからのマネージャー、すっごく幸せそうな顔してますよ」


 そう言って笑ってる長谷川さん。あからさまに浮かれた気分を態度に出してしまっていた自分に苦笑して頬をかく。


「まあ、そうだね……」


 まさか、片思い中の子に映画に誘われたから、ウキウキしている……なんて言えなくて、曖昧に誤魔化す。


「そうですよー。休憩って言われた瞬間、血相変えてエプロンのままお店飛び出して行っちゃって……ほんと、びっくりしました」


 くすくすと笑いながら長谷川さんに言われ、顔に血が回るのがわかった。きっとまた、顔が赤くなっているだろう。


「あー、長谷川さんも気づいていたのか……。見られてたなんて、恥ずかしいな……」


「マネージャーでもついうっかりなんてあるんですね」


 長谷川さんが意外だという顔で俺を見るから、苦笑がもれる。


「そりゃー、ありますよ。俺だって失敗たくさんするし……」


「えー、それは嘘ですよね? マネージャーって、なんでも涼しい顔して完璧にこなしてるじゃないですか……」


 そう言われて、くすりと笑って聞き返す。


「休憩中にエプロンつけたまま出てくのが、完璧?」


 首を傾げて尋ねると、長谷川さんは一瞬目をみはり、ため息をついた。


「だからですよ……。そんな完璧なマネージャーがついうっかりするなんて、よほど重要な用事があったんだろうなぁーって思ってたんです」


 そこで言葉を切り、長谷川さんは客席に視線を移す。


「もしかして、マネージャーに紙袋を渡したお客様って、マネージャーの彼女――」


 長谷川さんの言葉が最後まで言い終わる前に、休憩に行っていた店長が戻ってきて、長谷川さんは口をつぐんで、なんでもないですと苦笑しホールに出て行った。

 長谷川さんが言おうとした、紙袋のお客様――佐倉――が俺の彼女だとか、そんなのは見当違いだが、俺がエプロンを外すのも忘れて外に飛び出して行ったのは、佐倉がからんでいたからだということは確かだった。

 涼しい顔してなんでも完璧にこなしてるつもりはないが、それなりに社会人として、正社員として、上手くやろうとは思っている。それなのに、エプロンをつけっぱなしで行くなんてことになったのは、佐倉が絡むと理性がどっかにいってしまうというか――つまり、どうしても佐倉に会いたかったからで――

 俺にとって佐倉の存在はどんどん大きくなり、心を締める割合が増えてきていた。

 佐倉と映画……

 これはデートと言っていいのだろうか……初めて二人きりで出かけるんだから、デート……だよな?

 そんなことを考えて、一喜一憂する自分に苦笑が漏れる。

 今年でもう二十四歳になるっていうのに、たかがデートでうきうきするなんて……俺って小学生か……?

 ま、しょうがないよな。嬉しいものは、嬉しいんだし。

 そう思って、にやける顔を隠すように手で口元を覆った。




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