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恋をあきらめたその時は・・・  作者: 滝沢美月
続編『きっと恋が始まる、その瞬間』
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第16話  chat blanc 1 <紅谷side>

 


 バスの中で眠ってしまい、重い体を起して家路に着く。

 ふわぁーっと大きな欠伸が出て、頭をかいた。携帯を開くと、二十三時になるところだった。

 もうこんな時間か……。明日も朝から仕事だから、早く家に帰って寝ないと。眠すぎて、今日合った出来事もすっかり吹き飛んで……とにかく家までの道のりを急いだ。

 家に着くなり、ベッドに倒れこみたくなる気持ちを抑えて、洗濯物を取り込み、食器を片づけ、部屋の整頓を一通り終えてから手早くシャワーを浴びてベッドに向かう。片づけなんて明日にして、すぐにシャワーして寝られたらいいんだが……家に帰ってくるとまずは片づけをしないとどうにも落ち着かない性格で……自分でも困ってしまう。自分の少し潔癖な性格を思ってふっと笑い、眠りに落ちていった。



 俺の朝は早い。勤務先の喫茶店の営業が朝六時からだから、五時半から開店準備を始める。そのために、四時に起床し洗濯、掃除を済ませてから朝食をとり、出勤する。店の鍵を開け、納品された食品等を片し、店内を掃除し、テーブルを拭いてペパーなどのセット、下ごしらえなど、バイトを入れて計二・三人で三十分という短時間で開店準備をする。準備が整い、開店五分前にはシャッターを開けて、メニューを出す。

 開店後すぐにお客様がいらっしゃることもあるが、ほとんどの場合、開店後の一時間は暇だ。七時を過ぎるとモーニングを食べにいらっしゃるお客様や常連のお客様がコーヒーを飲みにいらっしゃる。九時を過ぎるとスーツ姿のお客様が増え、十一時過ぎるとランチを食べにいらっしゃるお客様が少しずつ増え、その頃には店内の半分ほどの席が埋まっていることが多く、従業員も増える。十一時三十分から十二時三十分、その時間帯が昼では一番込む時間帯で店内は客と従業員でガヤガヤと満たされる。

 この日も、午前中のゆったりとした時間はあっという間に過ぎ、ランチタイムの混雑の中だった。

 マネージャーとして勤めるようになって、最初の半年はほとんどホールで過ごし、バイト時代の最初の一年を思い出す日々だった。キッチンに入る時は店長か先輩マネージャーと一緒で最初の一年が過ぎた。社会人二年目になってからは、店長や先輩マネージャーがいなくても一人でキッチンに入るようになり、キッチンとホールを出入りして臨機応変に対応してきた。先月、先輩マネージャーが六月の辞令で他の店舗に移動になるまでは。

 それからは、開店から十五時までの時間帯に勤務することが多くなる。店長は十時から出勤してくるので、それまではホールに行くことはなく、店長が来てからも、ランチの混雑時間帯には二人でキッチンに入ってフル稼働で動かないと注文に提供が追いつかない状況で、最近はホールよりもキッチンで過ごす時間が長かった。

 就職前の約三年間もホールよりもキッチンにいる時間の方が長かったが、バイトという少し気楽な身分で、それが苦痛に感じることもなかったが……こう、一日中、キッチンに籠ってほとんど人と接しないのは、いくら好きな仕事ができていると言っても、精神的に少し苦痛だった。おまけに、このK駅前支店の店舗はキッチンの位置的にホールが見えないようになっていて、接客業が好きな俺としては、この店舗の作りはあまり好きじゃない。もしも将来、自分の喫茶店を持つことができたら、もっとキッチンがオープンになっているような店内がいいな……そんな夢みたいなことを想像して……それでも、今の状況に満足している自分がいることを知っているから、ふっと苦笑をもらした。

 ホールに出て接客することはほとんど出来ないが、キッチンで店長や従業員と会話はするのだから、まったく人と接しないわけでもなく、ストレスがたまっているわけではない、ただ――

 もし、今日だけでも、一日中キッチンにいるんじゃなくて、ホールに時々でも出ていたら。

 もっと有意義な日になっていたかもしれない――



 ランチA・B・C、その他サンドイッチにトースト、各種パスタ、デザート、飲み物、エトセトラ……

 ひたすら上がってくる注文を作り出し、作り出しをして激混みのランチタイムを乗り切る。

 普段は優しい笑みを張り付けて、冗談なんかを言っている店長も、混雑時は必要最低限以外は話さず、真顔で黙々と動き続ける。そんな店長を見てしまうと、俺も黙って動かなければいけないという強迫観念に駆られて、わき目も振らずにひたすら提供をあげていく。

 十二時半を過ぎ、キッチン前のカウンターにずらっと並んでいた伝票が数枚になり提供が落ち着くと、まずはホールのバイトから順番に休憩に入り、その後、俺、店長と交代で休憩に入ることになっている。

 注文が止んだので、キッチンを店長に任せてホールに行きたかったが、今日は日曜でホールのバイトはたくさんいるし、キッチンの流しに食器がたまっていることに気づき、ウォッシャーを動かし、食器を片付け始めた。

 黙々と食器を片づけていると、バイトの長谷川さんが声をかけてきた。


「あの、マネージャー……」


 そう言ってちらっとキッチンの奥に居る店長に視線を向けてから、戸惑いがちに俺を見た。


「なに?」


 長谷川さんは口に手を当てて、小さな声で言う。


「さっきホールで、女の人にマネージャーのこと聞かれたんですけどね……」


 そこで言葉を切り、長谷川さんと俺とが同時に店長を見る。店長は鼻歌交じりに仕込みをして、こっちの様子には気づいていない。俺は長谷川さんを手招きして、店長から死角になる場所に移動する。


「それで、どうした?」


 俺は苦笑して聞く。


「はい、今は奥で作業してるのでホールには来られないと言いました」


「そう、分かった」


 時々、なぜか俺のことを聞いてくるお客様がいる。まあ、俺としてはそれは別にいいんだが、客が従業員のことを聞いてくることを、店長は極端に嫌がっている。

 数年前、店長が店長になりたての頃……従業員のことを聞いてきたお客様にその従業員の勤務時間を教えてしまった従業員がいた。店長も初めは、勤務時間くらい大丈夫だろうと思っていたが、その客は従業員の元恋人でストーカーで……バイト後に後をつけられ……

 大事には至らなかったが、それ以来店長は、従業員の情報をお客様に話すことに対して神経質になっている。俺がキッチンにいる時間が長くなってから、俺のことを聞いてくるお客様がいて、そのことを聞くと店長はピリピリとした空気になってしまう。従業員の安全を考えてのことだと分かっていた。だから他の従業員には、もしも俺のことを聞いてくることがあれば、店長に心配をかけないために、お客様には何も言わずに、すぐに俺に知らせるように言っていた。

 言われた通り、店長に気づかれない様に知らせてくれた長谷川さんに笑いかける。


「もし、また何か聞かれたらすぐ知らせて」


「わかりました」


 頷いて長谷川さんはホールに、俺は食器の片付けに戻った。

 しかし、俺のことを聞いてくる客っていうのは……一体何を考えているのだろうか? 俺の何を聞きたいのだろうか……

 時間があればホールに出て、俺のことを聞いてきたお客様に直接聞いてみたいのだが……そういうわけにもいかず、俺は黙々とキッチンで作業をこなす。

 しばらくすると、また長谷川さんがキッチンに顔を出し、俺を手招きするので店長から見えないキッチンの端まで移動する。


「どうした? また何か言ってきたの?」


「いえ、それが……」


 長谷川さんは言い淀み、キッチンの奥の店長がこっちを見てないか確認してから、小さな手提げの紙袋を差し出した。


「なに?」


 俺は訳がわからず、聞き返す。 


「実は、さっきマネージャーのことを聞いたお客様がこれをマネージャーにって……」


「受け取っちゃったの……?」


 俺は瞠目して、長谷川さんを見つめた。長谷川さんはすぐに首を振って否定する。


「いえ、マネージャーが忙しいようならこれを渡してほしいって言われた時は断ったんです。それで、そのお客様も帰ってしまって……さっき食器を片づけようと思って行ったら、テーブルの上に置いてあって……」


 そう言って、紙袋と一緒に置かれていたのだろう紙を差し出した。

 紙には「紅谷マネージャーに渡して下さい」と書かれている。

 どうしたものかと頭をかいて、受け取った紙袋の中を見る。中には手のひら大の箱と紙が入っていた。半分に折られているその紙を広げて、心臓がどくんっと跳ねて、俺は目を見開いた――



 

お気に入り登録して下さってる方、読んで下さってる方、

更新遅くなりすみません<m(__)m>

次回は、もう少し早く更新できそうです。

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