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恋をあきらめたその時は・・・  作者: 滝沢美月
続編『きっと恋が始まる、その瞬間』
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第15話  紫陽花の咲き誇る音 <紅谷side>



 そう、まさか、自分の最悪な予感が当たることになるとは――


 改札の前で佐倉に呼び止められて、そこに紫音さんが現れるなんて――



 階段を降りてくる見覚えのある女性を見つけて、顔を隠すように手を当て斜め下を見る。気づかれずに通り過ぎてくれれば――そう思ったのに、そう都合よくはいかないのが現実だった。


「雪路」


 よく通る声で二度呼ばれ、誤魔化しきれないと思いながらも顔をあげられなくて。三度目に名前を呼ばれた時に、紫音さんの視線が佐倉に向いたことに気づいて、顔を上げざるを得なくなった。


「雪路……こちらの方は?」


 紫音さんにそう問われ、戸惑い気味に声を出した佐倉を庇うように、出来る限りの笑みを顔に張り付け、さっきまで名前を呼ばれて聞こえないふりをしてたのを誤魔化すように笑いかけた。


「紫音さん、こんばんは。こんなところで会うなんて奇遇ですね」


「なに言ってるのよ、私の家、この駅だって知ってるでしょ。まあ、いいわ、ちょうどよかった。ちょっと買いすぎちゃって重かったのよね。家まで持ってちょうだい」


 もちろん、こんな笑顔で誤魔化されるわけはないと分かっていたが、さらっと紫音さんが言い、両手に持っていた大きな紙袋を俺の手に押し付けた。


「ちょっ、紫音さん。俺、今ちょっと用事があって」


 有無を言わせず連れて行かれそうになって非難の声をあげるが、いつのまに身についてしまったのかにこやかな表情のまま言って、どうにか紫音さんの機嫌を損ねない様に断る方法はないかと、頭をフル回転させるが……

 逃がしはしないっと言ったように、瞳を鋭く、ちらっと佐倉に視線を向けて、泣き崩れるような仕草でか細い声を出す紫音さん。


「この子、雪路の……彼女?」


「紫音さん、誤解だって。この子は彼女じゃなくて……」


「彼女じゃないのに、私のお願いよりもその子のほうが大事だっていうの?」


 瞳に涙まで浮かべられては、もうどうすることも出来ない。


「そうは言ってないでしょう……」


 鞄から取り出したハンカチで紫音さんの涙をぬぐってあげる。

 どうしたものか……佐倉を一人帰すのは心配だけど、紫音さんを放っておくことも出来ないし……

 結論が出ないまま振り返った俺はそうとう情けない顔をしていたのだろうか……


「あー、佐倉……」


 そう言いかけた俺の言葉を遮って佐倉が言う。


「あのっ、私はここで大丈夫ですから。ちゃんと一人で帰れるので、ご迷惑おかけしてすみませんでした」


 佐倉はそう言ってがばっと頭を下げると足早に改札抜け、バス停の方へと階段を下りていく。


「佐倉、待った……っ!」


 そう言って、後を追おうとした俺は、後ろからぎゅっと腕を掴まれて動きを止められる。走り出した佐倉はすでに姿が見えなくなり、追いかけることはできなくなってしまった。

 佐倉……一人で大丈夫だろうか……

 送ると言ったのに一人で帰すことになってしまった佐倉を心配しつつ、俺の腕を掴んだ紫音さんを振り返る。


「紫音さん……」


「なあに?」


 全く悪びれたふうもなく、小首を傾げて尋ねる紫音さんに、聞こえない様に横でため息をついて、両手に渡された大量の紙袋を片手にまとめると、改札に向かって歩き出した。


「家まで送っていきますよ……紫音さん」



  ※



 バスに揺られて、ネオンに照らされた窓の外の街並みに目を向けていると、隣に座った紫音さんが、思い出したように言う。


「そう言えば……さっきの子、誰だったの?」


 そう聞かれてため息がもれる。


「大学の時のバイト先の後輩です。コンタクトレンズを落としたって言うので家まで送る途中だったんですよ」


 言いながら、佐倉が無事に家まで帰れたかに思いをはせる。


「なーんだ、彼女じゃなかったの?」


 残念そうに呟く紫音さんの方を向く。この人の性格を分かってはいるが、聞かずにはいられなかった。


「彼女じゃないですけど、“彼女だ”って言っていたら、見逃してくれましたか?」


 しばしの沈黙……

 正面を見つめたまま黙り込み、くるっと俺の方を向いた紫音さんの顔はにやにやと意地悪い笑みを浮かべていて、俺のこめかみがピクピクと引きつるのが分かった。


「まさか。せっかく見つけた荷物持ちを見逃すわけないじゃない」


 ふふっと笑った紫音さんに、怒りを通り越してため息交じりにつぶやく。


「姉さん……、俺は荷物持ちじゃないですから……」


 そう言うと、ギロッと鋭い視線を向けられる。


「雪路! 姉さん(・・・)じゃなくて、紫音さんって呼びなさいっていつも言ってるでしょ!」


 笑顔だけど瞳だけは笑ってなくて、それが余計に怖く、背筋に冷たい汗がにじむ。


「はい……紫音さん……」



「姉さんって呼ばれると、老けてる感じがするから嫌なのよ。名前で呼びなさい」

 そう言った紫音さんこと――俺の五つ歳の離れた姉さん。我が家には、もう一人、七つ上にも姉がいて、親父は単身赴任で家にいないことが多く、母と二人の姉に挟まれた女性主導の家庭で俺は育った。小さい頃遊んでもらった記憶もあるが、常に姉の言うことは絶対で、逆らえば、酷い目にあわされていた。

 いつからか、自分の身の安全のために身につけたことは、姉の言うことには逆らわず、常に笑顔で接すること、だった。

 佐倉の駅がM駅――紫音姉さんのマンションがある駅――だと聞いた時は、ひしひしと嫌な予感がして、どうか偶然にも会わないことを願ったのだが。

 祈りもむなしく、出会ってしまった――

 紫音さんに捕まっては逃げられないし、断れないのは分かっていたからこそ、会いたくなかったのに……

 姉に逆らえず情けない自分を見られたくなかったし、送ると約束したことを破ることにもなってしまって――

 紫音さんと荷物を無事マンションに送り届けた帰りのバスの中。睡魔に襲われた俺は気持ちの良いバスの揺れと睡魔に勝てなくて、そこで意識が途切れた。




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