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恋をあきらめたその時は・・・  作者: 滝沢美月
続編『きっと恋が始まる、その瞬間』
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第14話  めちゃくちゃ <紅谷side>



 飲み会の日、居酒屋で男に絡まれてる女の子に出会った。それが佐倉だと気づいた時は驚いた。バイトで会ってた時とは違って、なんだかすごく綺麗で見とれてる自分がいた。

 誰? って聞かれた時には肝が冷えたけど、コンタクトをなくしたと言った佐倉をほうっておく事ができなかった。送っていくと言ったら、佐倉は少し迷惑そうな顔をしてたっけな。



  ※



 佐倉の友達に送っていくことの許可を得て、俺の荷物を取りに大学の同期が待ってる部屋に向かった。部屋の中にまで佐倉を連れていくと、煩く言われそうだったので、佐倉には外で待っているように言った。佐倉は素直に頷いたから、部屋に入ろうとして扉に手をかけ、思うところがあって、振り返る。


「危ないから動かずにここにいろよ、佐倉」


 佐倉が待っている間に人とぶつかって誤る姿が目に浮かんで笑うと、佐倉が少し頬を膨らませて、不服そうに返事をした。その様子がかわいくて、ふっと鼻で笑って、部屋に入った。



 部屋に入ると、トイレに行く前にはあった料理がなくなり、空のグラスが机の端にまとめられていた。

 嫌な予感がして、さりげなく自分の荷物を取って言う。


「俺、ちょっと用事ができたから先に帰るよ」


 言ってすぐに部屋を出ようとしたら、堀之内に呼び止められる。


「おっ、紅谷。ちょうど今、これから二次会に行こうって話になってたんだよ。お前も一緒に行こうぜ」


「いや、今日は遠慮しとく」


 断ったのに、横にいた原が言う。


「なんでだよー。いいじゃねーか。付き合い悪いなー」


 すると、トイレに行ってたのか三谷が部屋に入ってきた。


「なー、部屋の前にかわいい女の子が立ってたんだけど、誰かの知り合いか」


「あっ……」


 俺は焦った声を出して、扉を振り返ると、原が肩に腕をかけてからんでくる。


「おー、なんか焦ってるねー。もしかして紅谷の彼女が、外で待ってるのか?」


「違うって……」


 俺と原が押し問答を続けてると、愛堂が伝票を持って立ち上がる。


「もうすぐ時間だから、とりあえず出よう。話は次の店に行きながらで!」


 てきぱきと仕切る愛堂に他の連中も続いて扉を開けて外の通路に出はじめる。


「紅谷、彼女も連れてきてもいいんだぜ?」


 にやついた顔で言った井澤。扉を出ると、佐倉が俺達を見つめてて、軽く頭を下げる。通路に立ってた佐倉に気づいた原が言う。


「なんだよー、紅谷。やっぱり、彼女なのかよー?」


「いや、違うって、ちょっと知り合いで」


「誤魔化さなくていいって、紅谷ー。彼女の友達でいいから、紹介してくれよー」


 そう言ってしつこく絡んでくる原の腕を肩からはずしながら、冷ややかな目線を向けて言う。


「だから、ただの知り合いだって言ってるだろ」


 へたにバイト先の後輩とか詳しく言うよりも、ただの知り合いと言い通すほうが、原の女を紹介してくれという会話をきりやすいと思って、あえて少し冷たい口調で言う。

 ふっと佐倉に視線を向けると、呆然と俺たちを見てるのに気づいて、近寄る。俺が近づくと、目をしばたかせた佐倉。あっ、見えてないのか?


「佐倉、おまたせ。こいつらちょっと悪酔いしてるから、気にしなくていいから。行こう」


 言って、一瞬ためらってから、佐倉の手を掴んで歩き出した。しつこく絡んでくる原と三谷を無視して、早く店から出たかったが、せく気持ちを抑えて佐倉の歩調に合わせてゆっくり歩く。佐倉は見えなくて不安なのか、ずっと足元に視線を向けたままついてきた。

 会計を済ませて店の外に出ても、原と三谷がしつこく一緒に二次会に行こうと言っていたが、愛堂と堀之内が促してくれて、渋々といった感じで五人は次の店へと向かって歩き出した。同期の姿が見えなくなるまで見送って、ため息をつく。

 ずっと黙ったまま下を向いてる佐倉に向き直る。


「おまたせ。じゃ、家まで送ってくから、佐倉の家どこか教えて」


 そう言ったのに、俯いたままの佐倉の顔を覗き込む。


「佐倉。佐倉? 聞いてた?」


「えっ?」


 ぱっと顔をあげた佐倉は、ピントが合わないのか何度も瞬きをする。もう一度同じことを聞くと電車で五駅先と言われ、駅に向かって歩き出す。


 居酒屋からずっと繋いだままだった手に視線を向ける。今更ながら、馴れ馴れしく手なんか繋いでしまった自分の行動が恥ずかしくなる。佐倉は何も言わないけど、どう思ってるのだろうか……

 駅の改札に向かう階段を登り始めた時、それまで黙ってた佐倉が二次会に行かなくてよかったのかと、申し訳なさそうな声で言うから、佐倉を見た。


「いいんだよ。視力最悪の佐倉を一人で帰すわけにいかないだろ」


 そう言うと、なんとも複雑そうな顔で佐倉が呟いた。


「はあ、ありがとうございます……」


 ぜんぜんありがたいとか思ってないような、上の空の声にくすっと意地悪な笑みを浮かべて付け足す。


「一人で帰したら、あちこちで人や物にぶつかって、電信柱とかに謝ってそうだし」


 そう言うと、佐倉がきっと鋭い視線を向けた。きっと本人は睨んでるつもりなのかな。そう思って、声を忍ばせて笑うと、佐倉がぼそっと呟いた。


「ほんと、見えないのって不便だな……」


 本当に不便そうに呟くから、何とかしてあげたいと思って、自分が眼鏡を持ってることに気づく。人によって視力は異なるから、自分の眼鏡が佐倉に合うとは思わなかったが、だめもとで聞いてみる。すると、俺と同じくらいの視力の差だって言うじゃないか。運がよければ合うかもしれない、そう思って鞄の中から仕事用に持ち歩いてる眼鏡を出して、佐倉にかける。


「どう? 度、合わない?」


 まあ、普通は合わないよな……そう思って、自分のしたことがバカらしくて苦笑すると、ぱっと顔を輝かせて佐倉が俺を見た。


「見えてます。いいです、ちょうどいいです。でもこの眼鏡って……」


「俺の。俺も左右の視力の差が佐倉と同じくらいだから、合うかなと思って試してみたんだけど。合うみたいでよかった。見え方、気持ち悪くないなら、とりあえずかけてて。全然見えないよりはましだろ?」


 そう言ってにやりと笑うと、佐倉に呆然と見つめかえされた。

 馬鹿なことしたって、思われたか?

 佐倉の視線をそう感じて、頭をかいて、誤魔化すように改札に向かって歩き出した。

 ホームに下りるとタイミングよく来た電車に乗る。ふっと、佐倉が五駅先と言っていた事を思い出して、確認のために聞く。


「五駅先っていうと、M駅だよね?」


「はい、M駅です」


 佐倉はこくんっと頷いたのを見て、片眉を上げる。

 あー、やっぱM駅か……あの駅にはあんま近づきたくないんだが、送るといった手前そうも言ってられないな。嫌な予感がひしひしとするんだが……

 俺が顔をしかめたのに気づいてしまったようで、首をかしげる佐倉。


「紅谷さんはどこに住んでるんですか?」


「俺はM駅より五つ先のK駅」


 なんでもないよ。そう言うつもりで、微笑んで答える。まあ、そんな偶然はないだろう……俺の悪い予感が当たらないことを祈ろう……

 それから、昼間佐倉からきたメールの話になって、俺の勤務先の喫茶店に来たいと言われて、自然と口元がほころぶ。


「いつでもおいでってメールしたんだけど、見てなかったのか」


 そう言った佐倉を見ると、ぱっと顔を背けられた。俺、なんか変なこと言ったか?

 佐倉はメールをまだ見てないと言ってた。それなら……


「それから、キッチンに入れるようになっておめでとう。卒業まで一年、その期間頑張ってキッチンやれば、就職したときには少しは楽だと思うよ」


 メールにもおめでとうって書いたけど、それを見てないなら、先に口で伝えたかった。そう出来たことが、佐倉がメールを見てなかったお陰だと思うとおかしくて、口角が上がる。


「まあ、店によって多少雰囲気違うし、いろんな店舗を見学しておくのは参考になると思うよ。勉強熱心で、えらい、えらい」


 自分と同じように喫茶店に勤めることを目指して頑張っている佐倉の姿が可愛くて、愛おしくて、目を細めて見つめ、無意識にぽんっぽんって佐倉の頭をなでていた。

 その瞬間、佐倉の顔がみるまに赤くなって、下を向いて黙ってしまった。

 なんだか気まずい雰囲気が流れて、俺はそれを誤魔化すように、視線を窓の外に向ける。

 不謹慎だけど、佐倉が俺の行動で赤面したことが、なんだか嬉しくて、胸がほかほかとしてくる。偶然居酒屋で出会って、家まで送ることになって……そういえば、こうやって佐倉と一緒に電車に乗るのも初めてだな。そんな佐倉との些細な出来事で一喜一憂してる自分が、子供のように思えて……それでも、この気持ちが今は愛おしくて、このまま進展のない関係のままでもいいかもしれないとさえ思う。

 そう考えたことがこの後すぐに、ある人物によってめちゃくちゃにされるとは思わずに――揺れる電車に身を任せ、ほんのわずかな佐倉と一緒に過ごす時間をかみ締めていた。




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