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恋をあきらめたその時は・・・  作者: 滝沢美月
続編『きっと恋が始まる、その瞬間』
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第13話  口実 <佐倉side>



 道端にうずくまったまましばらくして、ふっと顔を持ち上げると、空には冴え冴えと光る満月が浮かんでいた。

 あー、私、なんで泣いてたんだろ……

 泣いたからか、ちょっと気持ちがすっきりして、そろりと起き上がり家に向かって歩き出した。

 涙を拭こうとして眼鏡の存在に気づいて、眼鏡をはずしてハンドタオルにそっと包んで鞄にしまう。見えなくなった視界と一緒に、さっきまでの自分の気持ちに靄をかける。

 なんだか悲しい気持ちになったのは……きっと……

 そう、今日は何度も彼女と誤解されて、それを否定されて、仲がいいと思ってた紅谷さんとの間にちょっと壁を感じたから。でも、それは事実で、仕方なくて……別に悲しく思うことなんかじゃないはず!

 それに……さっきの女性、すっごい美人だったけど……紅谷さんの彼女かな?

 そう考えた瞬間、ちくっと胸に痛みが走って、胸に手を当てて首をかしげる。あれ、なんだろ、この気持ち……



 結局、堂々巡りに同じようなことを考えてたら、あっという間に家まで着いてしまった。ぼやけた視界でも、家までの道のりは体に染みついてて、紅谷さんが心配したような、人にぶつかったりすることもなくて、送ってもらうのを駅までで断って、本当によかったと思う。


「ただいまー」


 そう言って玄関を開け階段を登って私室に向かう。

 鞄の中からそっとハンドタオルに包んだ紅谷さんの眼鏡を出して机に置き、ひいた椅子に座って、その眼鏡を眺める。

 紅谷さんの眼鏡……どうしよう……

 仕事で使うって言ってたし、早く返したほうがいいだろうけど、紅谷さんに会う機会なんて早々ないし……

 そう考えた時、電車の中での会話を思い出して、ベッドのそばに置いた鞄を探り、携帯を取り出す。手に取った携帯の画面はピカピカと光りメールの着信を知らせている。

 ホントだ、メール着てるの気づいてなかった。そう思いながら、携帯を開き、紅谷さんから届いたメールを確認する。


『こんばんは。キッチンも出来るようになっておめでとう。最初は慣れないことで大変だろうけど、佐倉なら頑張ればすぐに出来るようになるよ。まあ、新しいマネージャーに迷惑かけないように』


 そこまで読んで、自然と頬が緩む。

 キッチンに入れることになって嬉しい反面、不安もあったけど、紅谷さんに頑張れって言われると出来そうな気がしてきて、なんだか不思議だった。それから、マネージャーに迷惑かけないように……そう心配してくれるのがいつもの紅谷さんっぽくってほっと胸に暖かい気持ちが広がってきて、携帯を胸に抱えて目を瞑る。

 携帯を抱いてニヤニヤしてるなんて、こんな姿、誰かに見られたら、すっごい怪しい目で見られそう……

 私室にいて誰も見てないって分かってるのに、自分の行動を誤魔化すように一つ咳払いして、再び携帯に視線を戻す。


『それから、ウチの喫茶店にはいつでもおいで。だいたい毎日いるから。勤務中は相手出来ないけど、ゆっくりお茶でもしたらいいよ』


 メールの続きを息をつめて見つめて読み、一通り読み終わると、はぁーっと大きく息を吐いた。机に置いてた腕の上に顔を伏せて横を向く。

 たった、数行のメールを読むだけで、なんでこんなに緊張してるんだろ、私……

 はぁー。

 もう一度ため息をついて、目線の先にあった紅谷さんの眼鏡を手に取ってかけてみる。零.一の視界から、少しだけはっきり見える世界は、なんだか桃色で――

 そんなことを考えてしまった自分に苦笑して、眼鏡をはずして、もう一度、丁寧に机に置きなおす。それから、机の引き出しをあさってコンタクトを取り出し、つけるために洗面所に向かった。



  ※



 次の日の日曜日。

 黒地と白地に小花柄のプリントの布が交互に縫い合わせてあるロングスカートと淡いピンク地に同色の糸で花柄の刺繍のされたTシャツを着てその上に薄手の白いパーカーを羽織る。姿見の前でくるっと回って、鏡に映った自分の姿を上から下まで眺める。

 変じゃないかな? ちょっと地味?

 そう思って、鏡の中の自分が首を傾げてる。

 まあ、いっか。そう思って、鏡の前から移動して、鞄を拾い、机の上に置いてある眼鏡を持ち上げる。それを見て、瞳を和ませ、慎重にハンドタオルにくるんで鞄にしまい、私室を後にした。

 リビングに降りていくと、お母さんが私を見て声をかけた。


「あら、ももちゃん。今日はバイトの日じゃないわよね、出かけるの?」


「うん、ちょっと買い物に行ってくるから昼食はいらないよ。夕方には戻るから」


「はーい、気をつけていってらっしゃい」


 お母さんに見送られ、玄関を出て、駅に向かって歩く。梅雨が明けて初夏の爽やかな風が、歩道に並んだ新緑を揺らしている。暑すぎない気温が気持ちよくて、快適に駅までの道のりを歩き、電車に乗る。

 普段はあまり乗らない一番線の電車の窓から見える景色は新鮮だった。最近区画整理で新しくなったばかりの隣の駅をすぎると大きな川を渡り、橋を渡りきると、だんだん高いビルが増えていく。

 目的の駅で電車を降り、改札を出てあたりを見回す。初めて来た駅はちょっとの不安と期待が入り混じり、自然と顔がほころんでくる。駅の案内表示を確認して、駅ビルに向かう。

 日曜日ということで、駅ビルは大勢の人で賑わっている。一階ずつ見て周り、洋服屋や雑貨店など興味のひかれた店に足を向け、ぶらぶらとショッピングを楽しむ。一通り見て回って、携帯で時間を確認すると十二時を少し過ぎていた。

 もうお昼過ぎてる。お腹すいたし、お昼ご飯食べようかな。そう考えて駅ビルを出て駅のロータリーを歩き出す。

 こっちかな……

 そう思って歩き出してすぐに、見慣れた看板を見つけて、にっこりと微笑む。

 足が自然と赴き、大きな扉を押すと、聞き慣れた涼やかな鈴の音が響いた。




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