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恋をあきらめたその時は・・・  作者: 滝沢美月
続編『きっと恋が始まる、その瞬間』
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第12話  紅谷さんの大事な・・・ <佐倉side>



 改札を入って行った紅谷さんに続いて、私もパスモをタッチして改札を通る。パスケースを鞄にしまいながら振り返った紅谷さんが尋ねた。


「佐倉の家、どっち方面?」


「あっ、六番線です」


「なら、方向一緒だ」


「そうなんですか?」


「ああ、大学の時はこの駅の近くに住んでたけど、去年、勤務先の近くに引っ越したんだ」


 紅谷さんは言いながら、五、六番線のホームに続く階段を下り始めた。私も紅谷さんに続いて、階段を下りる。ホームに着くと、ちょうど六番線に電車の到着を知らせるアナウンスが流れて、うなり声を上げて電車が到着した。土曜日の夜ということで、それなりに車内は込んでて、下りる人の波をよけて電車に乗り込み、座席の前に紅谷さんと並んで立ってつり革につかまる。

 ガタンっという音とともに動き出して電車に揺られ、紅谷さんが私を見て聞いた。


「五駅先っていうと、M駅だよね?」


「はい、M駅です」


 頷いた私を見て、紅谷さんがわずかに顔を曇らせたのに気づく。


「紅谷さんはどこに住んでるんですか?」


「俺はM駅より五つ先のK駅」


「そうなんですか」


 相槌を打ちながら、今日送ったメールのことを思い出して、ぱっと顔を上げて紅谷さんを見る。


「あっ、今勤めてる喫茶店もK駅なんですか? 紅谷さんの喫茶店、行ってみたいんですけど……ダメですか?」


 合コンの前に、紅谷さんの今勤めてる喫茶店に行ってみたいって、メールしたんだった。

 そう言った私を見て、紅谷さんがくすっと笑った。


「メール送ったんだけど、見てない?」


「えっ?」


 紅谷さんから返信が来てたなんて気づかなくて、あわてて鞄の中の携帯を探る。でも、あせってる時って、なかなか見つからなくて……私が携帯を見つける前に、紅谷さんが言った。


「いつでもおいでってメールしたんだけど、見てなかったのか」


 そう言った紅谷さんを見ると、口元に優しい笑みを浮かべていて、そんな柔らかい笑みを向けられたことにびっくりして、ドッキンと胸が高鳴る。

 わわっ……

 急に早くなった鼓動にあせって、紅谷さんから視線をそらす。紅谷さんの眼鏡のおかげで、中途半端に紅谷さんの表情が見えてしまって、ドキドキしてしまう。


「それから、キッチンに入れるようになっておめでとう。卒業まで一年、その期間頑張ってキッチンやれば、就職したときには少しは楽だと思うよ」


 そう言った紅谷さんをちらっと盗み見ると、いつもの意地悪なにやっとした笑みを浮かべていた。


「ありがとうございます……」


 そう言いながら、複雑な気持ちになる。

 なんで、こう、紅谷さんって色んな表情をするのかしら。その度に、私はドキドキさせられて……私、どうしちゃったんだろう……


「まあ、店によって多少雰囲気違うし、いろんな店舗を見学しておくのは参考になると思うよ。勉強熱心で、えらい、えらい」


 紅谷さんが言いながら、ぽんぽんって、頭の上に大きな手を乗せてなでてくる。

 その瞬間。

 ぼんって! 火がついたように顔が真っ赤になるのが自分でもわかって、あわてて下を向く。

 なっ、なんだか、私、変だー!



 紅谷さんの行動に、完全に頭に血が上ってしまって、俯いたまま、何にも喋ることができなくて黙り込んでしまった。

 ちらっと紅谷さんを見ると、私が黙ってることを特に気にした様子はなく、窓の外に視線を向けたまま黙っていた。

 沈黙のまま、あっという間にM駅に着いて電車を降り、ホームから階段を下りて改札に向かって歩く。

 紅谷さん、家まで送ってくれるって言ったけど、ほんとに家まで……?

 そう思って、横を歩いてる紅谷さんに視線を向けると、普通に定期入れを出して、改札を潜ろうとしてるから、私はあわてて、紅谷さんを呼び止める。


「あのっ!」


 少し前に進んでた紅谷さんはくるっと振り返った。


「なに?」


「あの、ほんとに家まで送って……」


 私が言いかけた言葉を、紅谷さんが理解したようにため息をついた。


「家まで送るつもりだけど、駅まででいい?」


 そう言った紅谷さんの口調は静かで、どんな気持ちでそう言ったのかはわからないけど、瞳が寂しそうに揺れてるように見えて、断わろうとしている自分のがいけないように思えてしまって俯く。

 紅谷さんはあくまで好意で送ってくれてるって言ってるんだから、何度も断るのはいけないかな。駅までなら紅谷さんも帰り道だって言うからよかったけど、M駅から家まではまだ二十分以上も歩かなくちゃいけなくて、そんな長い道のりを送ってもらうのはすごく悪い気がするけど……好意に甘えようかな。

 そう思って顔を上げたとき、さっきまで無表情だった紅谷さんの目が見開かれ、手で顔を隠すようにしてぱっと斜め下を見た。その様子は怯えてるようにも見えて、どうしたんだろうと首を傾げてると、カツンッカツンッと、よく響くヒールの高い音が近づいてきた。振り返ると、茶色のさらさらの長い髪を背中になびかせた、切れ長の瞳のすっごい美人な女性がこっちに向かって歩いてくる。

 誰? 知らない女性だけど、確かにこっちを見て……

 違う、私じゃなくて、その女性は紅谷さんをしかと見て一歩ずつヒールの音を響かせて近づいてくる。

 私があまりにじーっと見てたからか、一瞬、女性は紅谷さんからちらっと私に視線を向けてまたすぐに紅谷さんを見た。


「雪路」


 そう言って、紅谷さんを呼んだ声は鈴の音を転がしたようにきれいで、近くで見ると透けるような白い肌がいっそう綺麗で、黒いスーツをしゅっと着こなした姿は優美で、二十代後半くらいの女性に見えた。


「雪路」


 呼ばれても返事をせず、顔を背けたままだった紅谷さんの名前をもう一度呼んだ女性は私と紅谷さんの前で止まった。


「雪路……こちらの方は?」


 答えない紅谷さんに痺れを切らしたのか、私に視線を向ける。


「あの……」


 なんと言ったらいいのかわからないまま口を開いた私に、紅谷さんは顔を上げて女性を見る。その表情は、俯く前の表情が見間違えだったのかと思うくらい、色っぽい――もとい、営業スマイルのような極上の甘い笑みを浮かべていた。


紫音(しおん)さん、こんばんは。こんなところで会うなんて奇遇ですね」


「なに言ってるのよ、私の家、この駅だって知ってるでしょ。まあ、いいわ、ちょうどよかった。ちょっと買いすぎちゃって重かったのよね。家まで持ってちょうだい」


 そう言った女性は両手に持っていた大きな紙袋を紅谷さんの手に押し付ける。


「ちょっ、紫音さん。俺、今ちょっと用事があって」


 少し困ったような声で言う紅谷さんだけど、表情はあいかわらずにこやかで、相手を気遣っているのが察せられた。きっと大事な人なんだろうな。そう思ってちらっと女性に視線を向けると、ギラっと妖艶に光る瞳で見つめ返されて、たじろぐ。


「この子、雪路の……彼女?」


「紫音さん、誤解だって。この子は彼女じゃなくて……」


「彼女じゃないのに、私のお願いよりもその子のほうが大事だっていうの?」


 女性は悲しそうな声で言うと、うるっと目を細めて涙を浮かべる。


「そうは言ってないでしょう……」


 言いながら、優しく涙をハンカチでぬぐってあげて、振り返った紅谷さんは……眉間にしわを寄せて困った顔をして私を見た。


「あー、佐倉……」


 そう言いかけた紅谷さんを遮って言う。


「あのっ、私はここで大丈夫ですから。ちゃんと一人で帰れるので、ご迷惑おかけしてすみませんでした」


 言ってがばっと頭を下げて、改札に向かう。パスモを持つ手が震えて、ぎこちない動きで改札を出る。後ろで紅谷さんが、私を呼び止める声が聞こえていたけど――その声から逃れるように、足を動かすスピードを速め、駆け出した。



  ※



 夜の街を小走りで駆け抜け、駅からだいぶ離れたところで立ち止まり、膝に手を置いて肩で荒く呼吸する。すごい勢いで走ってきて急に立ち止まった私を、通り過ぎる人が不審そうな視線で振り返って追い越していく。

 はぁーはぁーと、何度かゆっくり呼吸をして整えるけど、それとは別に胸がドクンッドクンって激しく跳ねて、胸の中に竜でもいるかのように暴れ乱れていた。

 地面に向けていた顔を持ち上げたとき、カチャっという音が聞こえて、顔に手を当てる。

 あっ、紅谷さんの眼鏡……返すの忘れて、そのまま持ってきちゃった……

 仕事で使うって言ってたから返さないと。そう思って、駅の方を振り向くけど……最後に見た紅谷さんの困った顔を思い出すと、胸が鷲掴みにされたようにぎゅーっと痛んで、その場にしゃがみこんだ。わけもわからず、泣きたい気持ちになって、それを誤魔化すように膝に顔を埋める。

 ただ一つわかることは――駅に現れた女性が、紅谷さんにとってすっごく大事な存在だということだけだった――




更新遅くなりすみませんm(__)m

今回で、だいたい続編の折り開始地点といったところでしょうか・・・

次回はもう少し早く更新できると思います。

たくさんの方に読んで頂いて、お気に入り登録して頂いて、とても嬉しいです。

ありがとうございます!


感想など頂けるととても今後の励みになります。

あと、誤字など知らせて頂けると助かります。


地震から一週間・・・余震が続き不安な日々が続きます。

被災地の方がたが一日でも早く、安心して過ごせる日がくることを祈っています。

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