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恋をあきらめたその時は・・・  作者: 滝沢美月
続編『きっと恋が始まる、その瞬間』
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第11話  拒絶とメガネ <佐倉side>



 紅谷さんの後ろ姿を追ってしばらく歩くと、紅谷さんがぴたっと止まって振り返った。


「ちょっと荷物取って来るから、ここで待ってて」


「はい」


 私が頷くと、紅谷さんは扉の方を向いたけどすぐに振り返って。


「危ないから動かずにここにいろよ、佐倉」


 見えないけど、たぶんいつもの意地悪な視線でにやっと笑った気がする紅谷さんに、渋々返事をする。


「はい……」


 私の返事にふっと鼻で笑うと、紅谷さんは扉の中に消えて行った。その扉をしばらく眺めて、通路の真ん中に立ち止まったままでは邪魔になると思い、扉の向かいの壁に寄りかかって待つことにした。

 しばらくすると通路から人が歩いて来て、一瞬立ち止まってこっちを見て、紅谷さんが入った部屋の中に入って行った。

 紅谷さんの友達かな? 私は首をかしげる。

 あー、見えないってなんて不便なのかしら。

 そう思ってると、部屋の中からがやがやと声が聞こえて、扉が開かれる。人が出てくるのは分かるけど、男なのか女なのかも全く分からない。ただ、話声で紅谷さんもいることが分かった。


「紅谷、彼女も連れてきてもいいんだぜ?」


 最初に出てきた人――たぶん紅谷さんの友達――がそう言った。


「なんだよー、紅谷。やっぱり、彼女なのかよー?」


「いや、違うって」


 紅谷さんの声がそう言う。


「誤魔化さなくっていいって、紅谷ー。彼女の友達でいいからさー、紹介してくれよー」


「だから、ただの知り合いだって言ってるだろ」


 紅谷さんは冷静だけどちょっと冷たさの感じる声で、さっきよりも強い口調できっぱりと言い切り、私に近づいてきて顔を覗きこんだ。


「佐倉、おまたせ。こいつらちょっと悪酔いしてるから、気にしなくていいから。行こう」


 そう言って自然に私の右手を、大きな手で掴むと歩き出す。

 正直、ぜんぜん見えない視界で、手を繋いで誘導してくれるのはすっごく助かる。その親切な行動に感謝の気持ちが込み上げてくるけど、それと同時に……冷たいもやっとした気持ちが胸に広がった。

 さっきの「ただの知り合い」って言った紅谷さんの声が、あまりにそっけなくて……そんなに彼女と誤解されたくないのかと思うと少しへこんでしまう。

 そりゃあさ、彼女じゃないから否定するのは当たり前だけど。それでもただの(・・・)知り合いっていう言われ方は……寂しかった。もうちょっと他に、バイト先の後輩とか、バイト仲間とか、言い方はいっぱいあるのに、ただの知り合いって……なんか、すっごく紅谷さんとの間に壁を感じるよ……



  ※



 へこんだ気持ちのまま、俯いて歩く。思考も放棄して何も考えずに、紅谷さんの方も見ずに、ただ引かれるままに歩き続けた。

 紅谷さんは友達となにやらまだ話してたけど、その会話の内容はぜんぜん頭に入ってこなくて――長い通路を進み、会計を済ませて店の外に出るまで、ただ引かれるままに歩き、紅谷さんについて行った。


「――。佐倉? 聞いてた?」


「えっ?」


 ぼーっとしてたせいで、紅谷さんがなんと言ったのか分からなくて聞き返す。


「家は、どのあたりなの? この近く?」


「家は電車で五駅先です……あっ、駅まででいいですからね」


「いいよ、俺もどうせ電車に乗るし。家までちゃんと送る」


 感情の読みとれない静かな声で言うと、紅谷さんは駅に向かって歩き始め、繋がれたままの手を引かれ、黙ってそれに従う。

 路地を二つ抜け駅前に出る。改札に向かう階段を登り始め、それまでの沈黙が耐えきれなくなって、私は口を開いた。


「あの……、本当に二次会には行かなくてよかったんですか? お友達、行こうって誘ってましたよね?」


 そう言った私の方を見て、しばらく黙りこんで、紅谷さんがいつものちょっと意地悪な声で言う。


「いいんだよ。視力最悪の佐倉を一人で帰すわけにいかないだろ」


「はあ、ありがとうございます……」


「一人で帰したら、あちこちで人や物にぶつかって、電信柱とかに謝ってそうだし」


 くすっと笑った紅谷さんを、ちょっと睨んでみるけど、効果があったのかは分からなかった。

 ほんと、見えないのって不便だな……

 そう思って呟くと、紅谷さんが視力どのくらいか聞いてきたので答える。


「右が零.零五くらいで、左が零.一くらいだと思います」


「すごい悪いんだね。眼鏡は持ち歩いてないの? 予備のコンタクトとか」


「ないですよー。あったら、今こんな苦労してません!」


 今更そんな質問、愚問だわ。

 私がため息をついて答えると、紅谷さんも苦笑する。それから何か思いついたように、登りきった階段から少し進んだとこにある券売機の横の壁の方に歩いていき立ち止まると、肩にかけてた鞄を下ろし、鞄の中を探る。自然、繋いでた手を離されて、その手に冷やりと夜風を感じる。


「ちょっと、こっち向いて」


 そう言って、鞄から取り出した筒の様なもの――眼鏡ケースから眼鏡を出すと、私と向かい合うように立って、取り出した眼鏡を私にむける。


「えっ、えっ……」


 何されるのかと思って動こうとした私に、いいからと言って制止し、そっと耳に眼鏡をかける。


「あっ……」


 さっきまでぼやけてた視界が、少し良くなって――目の前の紅谷さんの顔がわかる。


「あの……」


「どう? 度、合わない?」


 そう聞いた紅谷さんの顔は、悪戯っ子のような顔をしてて……あっ、見えてる――


「見えてます。いいです、ちょうどいいです。でもこの眼鏡って……」


「俺の。俺も左右の視力の差が佐倉と同じくらいだから、合うかなと思って試してみたんだけど。合うみたいでよかった。見え方、気持ち悪くないなら、とりあえずかけてて。全然見えないよりはましだろ?」


 そう言ってにやっと笑った紅谷さんを、呆然と見つめる。

 他人の眼鏡なんてそうそうかけたことないけど、普通、こんなにもぴったり合うことってあるかしら……

 左右の度数の違いとか、どっちのが良いとか悪いとか、人の数だけ違いがあるはずなのに……

 こんな偶然って、ある……?

 っていうか、その前に……


「紅谷さんって、眼鏡だったんですか?」


 勢いよく聞いた私に、目を瞬かせて驚き。


「いや、普段はコンタクト。書類作業とかする時は眼鏡を使い分けてるから、いつも持ち歩いてるわけ」


 そう言って、紅谷さんは一人、改札に向かって歩き出した。

 私はさっきまで繋がれてた手を見て――眼鏡のおかげで、もう繋ぐ必要がなくなったことに、ちょっと残念な気持ちになった。




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