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恋をあきらめたその時は・・・  作者: 滝沢美月
続編『きっと恋が始まる、その瞬間』
28/71

第10話  0.1の視界で <佐倉side>



 見られてると思ったのは気のせいじゃなくて、男の人は私の名前を呼んだ。


「……佐倉?」


 知ってる人? 誰だろう……この声。聞いたことあるような……

 じーっと目を細めて見上げるけど、ぜんぜん顔が見えない。


「えっと、どちら様ですか?」


 仕方なく尋ねる。そしたら、紅谷さんだって言うからビックリ。一歩近づいて見上げるけど、裸眼ではこの二歩の距離でも顔がはっきりしない。でもそう言われれば、この聞き覚えがあると思った声は紅谷さんのものだ。目の前にいるのが紅谷さんだとわかると、胸にほかほかと安心した気持ちが満ちてくる。

 どちら様ですか、なんて言っちゃったから紅谷さんが疑問に思ったのか黙りこんじゃって、コンタクトを落としたことを告げると、あわててしゃがみ込んで探してくれて、優しい人だなっと実感する。


「この距離でも顔がぼやけて見えないんですが、人影くらいはわかるので、なんとかします!」


 私と紅谷さんは二歩の距離。ほんとに、この距離でも顔がぼやけて名前を告げられないとわからない。

 そう言うと紅谷さんが一歩近づいて。


「ここで見える?」


 そう聞くから私は首を振る。


「いえ……」


「じゃあ、ここなら?」


 最後の一歩を縮めた紅谷さんに、ドキドキと胸が高鳴る。


「えっと、さすがにこの距離では見えます……」


 息がかかるほどすぐ近くに紅谷さんの端正な顔があって、自分でも分かるくらい顔がかぁーっと赤くなって、それを隠すように横を向いた。

 少しして紅谷さんの方を向くと一歩離れたとこに紅谷さんがいて、気まずい雰囲気に歩き出すと、私をすっと追い越して、紅谷さんが歩き出した。

 沈黙が気まずくて、話しかける。


「こんなところで紅谷さんに会うなんて偶然ですね。あっ、もしかして紅谷さんも合コンですか?」


 紅谷さんの背中を眺めて尋ねる。


「いや、俺は大学の同期と飲み会で」


 振り向かずに紅谷さんが、真面目な口調で答える。


「そうですよねー、紅谷さんに合コンとか似合わないです! っというか、合コンなんてしなくてもモテモテですよね」


 紅谷さんの少し癖のある黒髪はさらさらで、きりっとした二重、通って高い鼻、均整のとれた顔立ちはとても恰好いいと思う。バイトの時、普段はキッチンに籠っているが、時々ホールに出てくる紅谷さんの隠れファンはたくさんいたと思う。今日の合コンに来てる男性四人も皆格好いいとは思うけど、桁違いに紅谷さんはきれいな顔をしている。性格も優しいし……さぞ、もてるんだろうなぁ~、と想像して頬が緩んでしまう。


「私も本当は友達と飲み会だったんですけど……、付いてきったら、びっくり! 合コンでした。でもー、合コンなんて……」


 そう言いかけた時、急に紅谷さんに腕を引っ張られて驚いて見上げると。


「危ない! そのまま進むと壁……」


 心配そうな紅谷さんの声に、瞬きをして視界を確認するけど、薄暗い通路で壁との距離感がよくつかめない。大丈夫といった手前、自分の視力の悪さを誤魔化すように、あははっと笑うと。


「あのさ……」


 腕をつかんだまま、ゆっくり歩き出した紅谷さんが言った。


「佐倉が嫌じゃなかったら、家まで送ってくよ? その視力じゃ心配だから」


 えっ……

 紅谷さんの言葉にドキっとする。

 ついさっき壁にぶつかりそうになったのだから、心配されて当たり前だと思うけど……送ってくれるという言葉がすごく嬉しかった。でも、紅谷さんに迷惑かけるのは悪いなとも思って、なんと答えていいかためらってしまう。


「えっと、嫌じゃないです。でも、紅谷さんにそこまでしてもらうのは悪いです」


 そう言った私に。


「悪くないよ」


 すぐに紅谷さんは答える。


「見えないのも心配だけど、そのまま合コンに戻るのも心配だから……」


 腕を握ったまま前を歩く紅谷さんの背中をぼんやりと眺める。コンタクトなしの零.一の視界で――どっちにしろ、紅谷さんが前を向いてるから顔は見えないけど――紅谷さんがどんな表情で、そう言ったのか気になった。

 ああ、なんでこんな時にコンタクト落としてるんだろ、私。沈んだ気分を浮上させるように力強く言う。


「それは、私も! 心配して連れてきてくれた友達には悪いけど、合コンには戻りたくないです! でも……紅谷さんはいいんですか? 飲み会、途中で抜けて……」


「ああ、大丈夫。俺にとって――」


 紅谷さんが喋ってる時、おそらく自分がいただろう部屋が見えて指をさす。


「あっ、ここの部屋です」


 紅谷さんは自然に掴んでた腕を離すと、コンコンっと扉を叩いてから部屋に入る。

 私は紅谷さんに掴まれてた腕を無意識にそっとさすって、まだ温もりが残るその場所をじーっと見つめ――部屋の中から亜美の声が聞こえて、あわてて紅谷さんの後を追って中に入った。


「もも! 遅いから心配したよー」


 席から立ち上がった亜美がぎゅっと私の腕をつかむから、苦笑して言う。


「亜美、心配かけてごめん。ちょっと色々あって……」


 そう言った時、机を挟んだ向こうから視線を感じて振り向いたんだけど、ぼやけた視界で、誰が誰だかわからなくて、すぐに亜美に向き直って微笑む。


「そうなの? それで、その人は、誰……?」


 亜美の問いに答えようとした私よりも先に、紅谷さんがお辞儀して言う。


「こんばんは、佐倉さんのバイト仲間の紅谷と言います。佐倉さんがコンタクトをなくしてしまったと言うので、家まで送っていこうと思うのですが、いいですか?」


 ぼんやりの視界だけど、なんか蝶や華が周りを舞っていそうな優雅な雰囲気が紅谷さんをまとってて……目をしばたかせて見つめる。


「……え、ええ。ももをお願いします」


 しばらくの沈黙の後に答えた亜美の声がかすれて緊張してて、どうしたのだろうと首をかしげる。まさか、紅谷さんが眼とばすわけないし……そう考えて、はっとする。もしかして、紅谷さん、すっごく色っぽい顔をしてるのかしら……


(きゃー! カッコ良すぎー)


 座っている他の二人の女友達のささやき声が聞こえて、その考えに確信を持つ。

 うわー、さすが紅谷さん。甘いマスクの持ち主。

 紅谷さんとは約二年間一緒に働いて、私にとっては頼れるお兄さんみたいな存在だった。バイトのやり方を教わったのも紅谷さんからだし、紅谷さんの就職の話を聞いて私も喫茶店に就職したいと思ったほど、彼の影響力は大きい。

 普段は澄ました顔でなんでもてきぱきとこなして要領いいし、見た目もカッコいい。だけど、ドジな私は意地悪な視線でにやっと笑われてからかわれることが多く、憧れの存在でもある反面、ライバルのように見ていた。

 そんな紅谷さんが時々見せる、甘い顔、甘い声。あの顔と声は破壊力抜群だ! クレーマーのお客様も、紅谷さんのあの極甘スマイルで謝罪されると、文句ひとつ言えずに黙り込むし。あの甘い声は……一度電話で経験している私は身を以て知っている。

 おそらく、そんな顔で紅谷さんは言ったのだろう。でも、なんで今そのスマイル?

 荷物をまとめると、紅谷さんに促されて部屋の外に出る。

 見えない視界で、一生懸命、紅谷さんの表情を探ろうと、目を凝らすけど――やっぱり、ぼんやりとした視界で、紅谷さんの表情ははっきりとは見えなかった。


「なに? どうした?」


 あまりにじーっと見すぎていたのか、怪訝な声で問われて、あわてて首を左右に振って誤魔化す。

 紅谷さんはしばらくそのままこちらを見てて、何も聞かずに更に奥へと歩き出した。

さすがに本人に「なんで」とは聞けないから、追及されなくてよかった。ほっと胸をなでおろして、紅谷さんの後ろ姿を追った。




更新おそくなりました<m(__)m>


佐倉がどんなふうに紅谷を見ていたか・・・ライバルでした。

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