第6話 運命のいたずら? <紅谷side>
トイレの案内表示を頼りに細長い通路を進むと、通路の真ん中に男と女がいて眉を寄せる。
邪魔なとこにいるな、最初はそんなことを思った。
近づいてみると、かなり酔った様子の男が、女を囲いこむように壁に手をついていた。
ちっ、ラブシーンなら人目のない余所でやってくれ……
さっきまでの、井澤ののろけ話とあまあまな恋愛トークで脳みそがやられそうで逃げてきたのに、目の前で繰り広げられるラブシーンにこめかみがひくつく。
苛立ちを露わに、邪魔だ! そう言おうとした時、男に挟まれていた女が悲鳴のような声を上げる。
「はなして下さい。どいて……!」
女は俯いたまま、両手で男を押し返えしていた。
「いいじゃん、いいじゃん。俺と付き合おうよ~。失恋したばっかなんでしょ? さっき友達が言ってたじゃん」
どうやらラブシーンと思ったのは俺の勘違いで、酔った男が一方的に誘いをかけてるだけのようだ。
「それは……! ほんとに、やめて下さい」
涙声で必死に訴える女の腕を無理やり掴んで、顔を近づける男。
「いやっ……」
ドンッ!
俺は思いっきり、壁を蹴りあげた。その大きな音に驚いて、男が振り返る。
「なっ、何だよ」
苛立った瞳を男に向け。
「その子、泣いて嫌がってるの、分からない? 酔っ払いもいい加減にしろよっ!」
無理強いをする男に対しての苛立ちと、さっきまでのろけ話に付き合って辟易していた苛立ちをすべて込め叫んだ俺は、眼光鋭く、男を睨んだ。
マジ、そうゆうことは余所でやってくれっ! そして、女を泣かせるなっ!
男はたじろぎ。
「何だよ、ちょっと遊びに誘ってただけじゃないか……」
そう言ってよたよたとこけながら通路を引き返して行った。俺は立ち去る男に冷たい視線を向ける。その場に残された女は俯いたまま、涙をぬぐっているような仕草をする。声をかけるか一瞬迷ったが、これ以上関わり合いたくなくて黙って女の横を通り過ぎ、トイレの扉を閉めた。
用を足しトイレから出ると、誰もいないと思っていた薄闇の中に人が立っていて、驚く。
「あの……」
俯いたままそう言ったのは、さっき男に絡まれていた女だった。
「なんですか?」
「あの、さっきはありがとうございました」
深々と頭を下げた女を、俺はじっと見つめる。
「いえ、俺は別にお礼を言われるようなことは何も……」
そう、何もしてない。嫌がっていた女のためにしたのではなく、ただ自分の鬱憤を晴らすために男に言っただけなのだ。少し冷静になった今思い返してみると、自分の行為が大人げなく思えて、苦笑いが漏れる。
「そんなことないです。助けて頂いて、ありがとうございます」
そう言って顔をあげた女は、肩より少し長い黒髪をさらさらと揺らし、くりっとした大きな瞳と小振りだか形の整った鼻、ぽってりと色っぽい唇にはグロスがつやつやと輝いた、可愛いらしい女の子だった。
俺は首をかしげる。
どこかで会ったことがあるか?
そう思って、自分の目を疑った――
クールなイメージの紅谷さん・・・今回はちょっとやさぐれて、舌打ちして「マジ」とか言っちゃってます。