第4話 淡い期待 <紅谷side>
社会人二年目の七月。
久しぶりに大学の同期と集まって飲むことになり、大学のある通いなれたT駅に向かう。
T駅は、この辺りでは大きく発展し、近隣には俺が通っていた大学を含め三つの大学がある。そして、バイトしていた喫茶店があり、大学時代はこの近くのアパートに住んでいて、第二の地元のように懐かしく慣れ親しんだ土地だった。
約一年前にここから三十分ほど離れたK駅のアパートに引っ越したが、黒沢の飲み会や大学の同期と集まる時に、T駅にはたびたびやってきている。
時計を見ると、待ち合わせの十九時三十分までは一時間以上あった。時間を潰すために、久しぶりにバイトしていた喫茶店に赴く。
入り口の少し重い扉を押すと、来店を告げる涼やかな鈴の音が響く。
うちの喫茶店はフルサービスだが、お客様は自分で好きな席に座り、店員が席まで案内することはほとんどない。稀に初めてのお客様が入り口で店員の案内を待っていることがあるが、ほとんどの場合、お客様は入り口から席まで一直線に向かう。
俺も馴染んだ店なので店員の案内を待たずに、そのまま、中ほどの喫煙席に座る。窓側にある喫煙席、奥の禁煙席は人気で席が空いていることはめずらしいので、比較的空いている席を選ぶ。
しばらくすると、大学生くらいの女の子がお冷を持ってやってきたので、コーヒーを注文する。
ぐるっと店内を見回すと、顔見知りのバイト仲間はいないようだった。
時間を潰すのが目的だったが、もしかしたら佐倉に会えるかも、という淡い期待もあったから、ため息をつく。
俺の佐倉に向かって動き出した気持ち――
積極的に気持ちを伝えていこうと思ってから、すでに二ヵ月。その間仕事が忙しく、特に行動を起こしたわけでもなく、俺と佐倉の関係は依然バイト仲間のままだった。
少し焦る気持ちはあるものの、何よりも恋を優先するほど恋に夢中になる――というのは、俺の性ではなかった。
しかも、学生時代のようにほぼ毎日会う関係ではなく、時々メールをし、数ヵ月に一度飲み会で会うだけ。二人きりでどこかに出かけたこともなければ、誘おうとも考えたことがないことに気づき、つくづく恋愛に無頓着な自分に苦笑する。
本当に、自分から積極的に動かなければ、どうにもならないような恋なのに――
運ばれてきたコーヒーに口をつけると、ほのかな香りが鼻腔をくすぐる。
俺は鞄からファイルを取り出し、来月のシフト票の作成に取り掛かった。前年と前月の集客数からの必要な従業員数を出し、アルバイトの提出した勤務希望日からシフトを決め、その後社員でシフトの穴を埋める。
集中してシフト票を書いていると、脱いだ背広のポケットで携帯が揺れているのに気づく。
画面を見ると、時刻は十九時十分、メールの着信を知らせていた。飲み会に参加する同期からのメールかと思って開くと、予想に反して――佐倉からで、一瞬目を見開く。
『こんばんは! ついに今月から、私もキッチンに入るようになりました! まだ一人では全部できないのですが、紅谷さんのように手際よく出来るように頑張ってます! 紅谷さんは仕事どうですか? 一度、紅谷さんの勤めてる喫茶店に行ってみたいです』
メールを読んで、自然、頬が緩む。
佐倉もうちの喫茶店に就職が決まったと、以前メールで言っていた。だから、俺の勤めている喫茶店に来てみたいというのは社会人になる勉強としてだ――とはわかっていても、俺に興味を持ってくれているのではないか……と淡い期待を抱く。
俺は返信のメールを打ち終えると席を立ち、飲み会の行われる居酒屋に向かった。