第1話 桜は美しく、人を魅了する
「佐倉、こっち手伝ってくれる?」
ホールで片付けをしてた私は、そう呼ばれてキッチンに戻った。
「紅谷さん、何を手伝えばいいですか?」
紅谷雪路さん、大学三年生。シフトが一緒になることが多く、私がバイトを始めた時からいろいろと教えてくれるバイトの先輩である。
「これとこれ運んで」
「はいっ」
注がれたコーヒーとサンドウィッチをトレンチに乗せてホールへ戻る。
「お待たせしました」
「佐倉ちゃん、ありがと」
そう言って、常連の老齢の男性が笑う。数年前に奥さんを亡くしてから、この喫茶店でコーヒーを飲むのが日課になっているらしい。毎日顔を合わせるうちに名前を覚えてくれた。
そうして少し話してると、視線を感じて振り返る。
ばちんっ。
なんと彼が私を見てて、目があった。今日も彼は一人だった。
「なにか御注文ですか?」
私は彼のテーブルに近づき、尋ねる。彼は私が話しかけてきたことにビックリしたようで、少し戸惑ってから言った。
「いや、違います」
「そうですか……」
私はそう言って、小首をかしげながらキッチンに戻る。確かに彼は私を見てて目があったのだけど……見られてたと思ったのは気のせいだったのかしら。
夕方の混雑する時間帯になり、ホールとキッチンを行ったり来たりして……その間も彼からの視線を感じる。
やっぱり、見られてる?
あっ、もしかして、いつも盗み見てるのがばれたのかしら? そう思って焦ってはみたのだけど、それだったらさっき文句を言ったはずだと思い、とりあえずバイトに集中する。
やっと注文と提供が落ち着き、キッチンに戻ってはぁーっとため息をつく。すると、紅谷さんが。
「なぁ、あの客」
そう言って、目線で窓際、角の席を見て。
「佐倉の知り合い?」
って、聞くの。私はえっと紅谷さんを見る。
「えっと……」
「さっきからずっと、佐倉の事見てる気がするんだけど、俺の気のせいかな?」
そう言うの。
私は心のなかで、やっぱり? と思わずにはいられなかった。
「気のせいですよー」
紅谷さんにはそう誤魔化したのだけど、私は彼に見られているということを確信した。