第2話 ドギマギ <佐倉side>
私は蘇芳さんに会いに言ったその日に、紅谷さんに報告の電話をかけた。
紅谷さんとはたまにメールをするものの、自分から電話をかけるのは初めてだったので、少し緊張する。
それでも、何度も相談に乗ってもらって、あんなに心配してくれた紅谷さんに、メールで報告を済ますのは気が引けて、電話をすることにしたのだった。
夕方だったけど、もしかしたら仕事中かな……そう思っていたが、大丈夫だったみたい。
蘇芳さんに気持ちを伝えた時は、気持ちがあふれて泣いてしまったけど、今思えば、もう少し前に、恋を諦める準備は出来ていたのだ。それでも、どこか踏ん切りがつかなかったのは――彼に気持ちを伝えてなかったからで――そんな私の背中を優しく押してくれたのがほかならぬ紅谷さんで、ちゃんとお礼を言わなければと思っていた。
私は朗らかな気持ちで言う。
「ようやく、この恋を諦めることができました。気持ちをふっきると、なんとも清々しい気分になりますね」
ふふふっと、自然と笑いが込み上げてくる。
しかし、いくら待っても紅谷さんの声は聞こえなくて、どうしたのだろうと思う。
「もしもし、紅谷さん? 聞こえてますか……?」
『あっ、ああ。聞いてるよ』
そう言った紅谷さんの声は少し上擦っていて、私は首をかしげる。
「あの、私、本当に紅谷さんには感謝してるんですよ? いっつも優しくして頂いて、相談にもたくさんのって頂いて……」
喋っていると、なんだか胸がぽかぽかとし、緊張する。
「言葉には表せないくらい、感謝してます!」
少しの沈黙の後、戸惑いがちな紅谷さんの声が聞こえる。
『もう、蘇芳のことは……好きじゃないの?』
きっと私に配慮して、そんな心配そうな声を出しているのだろう。私は、めいっぱい明るい声で答える。
「はい、もう、すっきりと、失恋から立ち直りました」
『そうなんだ……』
私は元気いっぱいなのに、なぜか紅谷さんの声がどんどん沈んでいくような……気のせいかしら?
私は紅谷さんに元気を出してほしくて、言った。
「私が立ち直れたのは、紅谷さんのおかげですよ。本当にありがとうございます!」
そう言うと受話器のむこうから、くすっと、魅惑的な笑い声が聞こえて、ドギマギする。
紅谷さんって、こんな笑い方する人だったかしら……
知らず、冷や汗が伝い、どんどん鼓動が速くなって、私は胸に手を当てて首を傾げた。
『なんだか、前にもその言葉聞いた気がするな』
そう言って、紅谷さんが苦笑する声が聞こえる。受話器を通して聴く紅谷さんの声は、いつもより少し低くて、耳がくすぐったく感じる。
うぅ……、私、なんだか、電話って苦手だわ。
「えっと、そうでしたか?」
私は、緊張しながらなんとかそう言葉にする。
『覚えてない? どうせ褒めてくれるなら、もっと別の言葉がほしいって言ったこと』
確かにそんな会話をしたな、と思い出す。だけど、紅谷さんが他に言ってほしい言葉ってなんなのかしら?
私にはさっぱり見当もつかなくて、首をひねる。
うーん……
私がしばらく黙りこんでると、紅谷さんが今度は、とても不敵な声でくすっと笑うから、心臓が飛び跳ねて、ビックリ!
『わからない? それなら違う言い方をしようか?』
その声があまりにも挑戦的で、私は恐る恐る声をかける。
「……紅谷さん? えっと、なんだか怖いので、遠慮しておきます……」
すると、またあの魅惑的な声でくすりと笑って。
『そう? まあ、いいか。次の機会には、嫌と言うほどたっぷりと教えてあげるよ』
私はもう、頭の中で花火が上がっているのかというくらい、呆然として……
なっ、なんか、今日の紅谷さん、色っぽすぎる……
心臓がバクバクいって、どうにかなっちゃいそう!
「えっと、それよりも……そうだ! 何かお礼をさせて下さい!」
何か話をそらせないかと思って、思いついたことを勢いよく言ったのだけど……墓穴だった。
『お礼? それなら、もっと別の褒め言葉が聞きたいな』
紅谷さんったら、そう言うのだもの。その話からそらすことができたと思ったら、一周回って結局もとの話……
私はドギマギする心臓を押さえる。
なんなのかしら、この気持ち。
前にもこんな気持ちになった気がするけど……うぅ、思いだせない。
このまま紅谷さんと話していたら、私の心臓が持ちそうになくて、適当に話を終わらせて、電話を切ってしまった。
電話を切った後ものぼせたようにぼーっとして、握ったままの携帯を眺める。
ふっと鏡に映った自分の顔を見ると真っ赤で、それを見て、ボボボッとさらに顔が赤くなってしまった。
私、なんでこんなにドキドキしてるんだろう……?