第1話 覚醒、失恋、それから呆然と <紅谷side>
「恋をあきらめたその時は・・・」の続編です。
紅谷、佐倉、それぞれの視点でストーリーが進みます。
佐倉の背中を見送ったその日、俺は、今まで気づかないふりをしてきた自分の気持ちを受け入れることにした。
この三年間、頑なに閉ざしてきた気持ちだったが、気づかないふりをするには、もう限界だった――
佐倉には好きなやつがいるし、年に数回しか会うことはない。それでも、自分のこの気持ちを“恋”と呼ぶのだと、認めることにした。
※
数日後、仕事を終えて家に向かう。学生時代は、昼過ぎから夜にかけてシフトに入っていたが、社会人になりマネージャーとなってからは、もっぱら朝からシフトに入ることが多かった。まだ夕方の六時頃だったが、電車に乗り、アパートの最寄り駅で降りて、歩き出した。
しばらくして、背広のポケットに入れてた携帯が鳴っていることに気づき取り出して見ると、佐倉からの電話だった。
メールは時々するものの、佐倉から電話がかかってくるのは初めてのことで、何かあったのかと眉根を寄せて、通話ボタンを押す。
「もしもし、紅谷です」
『あっ……』
受話器の向こうで、佐倉の躊躇いがちな声が聞こえる。
『佐倉です。こんばんは、紅谷さん、今、お電話大丈夫ですか?』
「ああ、大丈夫だよ」
俺はそう言って、すぐ側にあった公園に入り、ベンチに腰掛けた。
『あのですね……』
そう切り出した佐倉の声は、どことなく清々しさを感じさせる。もしかしたら、梅田の大学に行くと言っていたのは今日だったのかも知れない。それならば、この電話はその報告だろうか……
付き合いだした、とか言われたら、さすがにちょっときついな。そう思って苦笑する。
『今日、蘇芳さんに会ってきました』
やっぱり……
俺は心とは裏腹に、落ち着いた声で言う。
「そうか、ちゃんと会えた?」
『はい、蘇芳さん元気そうでした』
「そう……、ちゃんと気持ちは伝えられたか?」
『はい。気持ちを伝えたら、蘇芳さん、笑ってありがとうって言ってました』
そう言って、ふふっと佐倉が笑う。
ああ……
俺の恋は、たった数日で終わりを告げるのか、そう思って自傷的な笑みを浮かべる。
『本当に、紅谷さんのおかげですよ』
その言葉に胸が痛む。
「よかったな……」
それでも、そう言うしかなかった。
『はい! 私、ちゃんと『蘇芳さんのことが好きでした』って伝えることができて』
「そうか、ちゃんと言えたのか。えっ?」
えっ?
好きでした?
俺はその言葉に疑問を抱く。
『ようやく、この恋を諦めることができました。気持ちをふっきると、なんとも清々しい気分になりますね』
ふふふっと電話越しに佐倉が笑った声が聞こえる。
俺は携帯を耳から話し、ディスプレイを呆然と眺めた――