第11話 私らしい「大好き」を伝えるね
紅谷さんに教えてもらった、蘇芳さんが通っているT大学に向かう。
T大学は、私の通ってるK大学と同じ駅の線路を挟んだところにある。こんな目と鼻の先にある大学に通ってたなんて、すごい偶然だと心ときめいたけど、こんなに近くの大学に通っていて、喫茶店以外の場所で偶然に出会うことはなかったのは、私と彼に縁がないということかもしれないとも思い、気分が沈む。
これから彼に会うのに沈んだ気分のままではいけない、と無理やり気分を上げようと拳を握り決意を固める。
よしっ!
紅谷さんの後輩さんの話では、蘇芳さんは今日一日講義があるから、お昼に食堂に行けば会えるって言っていた。
制服があるわけでもないのに、他の大学の敷地に入るのって、すごく緊張する。
私はあやしくないですよ~。
そう心の中で呟いて、T大学の正門をくぐる。K大は広い敷地に校舎がいくつも立ち並び、正門から食堂までは長い桜並木が続くけど、T大はこじんまりとした敷地にコの字型の建物が二つ建っているだけだった。時刻はまだ十一時三十分、午前の講義が終わるには少し時間がある。校舎の中に入り、地図で食堂の場所を確認して、校内を見てまわりながらゆっくりと食堂に向かった。
食堂に着くと、昼時間前でも数人の学生が食堂内にいた。早い昼食を取る人、課題をする人、さまざまだった。私は、食堂の入口の見える位置にある机に座る。
もうすぐ来るかな……
まだかな……
食堂の入口を見てそわそわとする。
突然、私が食堂にいたら、彼は驚くかしら……
ああ、こんなことなら、紅谷さんの後輩さんに彼の連絡先を聞いて連絡しておけばよかったかしら。
そう考えてる間にどんどん時間は経ち、昼時間のチャイムと共にガヤガヤと午前の講義を終えた学生が大勢食堂に流れ込んでくる。
思った以上に学生の数が多く、その中から彼を見つけるのは意外と困難だと気づく。一生懸命目をこらし、人の群れの中に彼がいないかを探す。だけど、彼を見つけることができないうちに、人の波は券売機へ、そしてキッチンのカウンターへ定食を受け取るべく流れて行き、人の波が途絶える。
私はため息を一つついて、席を立ちあがる。もしかしたら、今日は食堂じゃないところで昼食を食べてるのかも。そう思って帰ろうかと思ったけど……思いとどまって、席にすとんっと腰を下ろす。
せっかくここまで来たのだから、もうちょっと待ってみよう。
そうだ!
せめて昼休みが終わるまではもう少しだけ、ここにいてみよう。
私は机の上で腕を組んで伏すように顔を乗せると、視線だけを入り口に向ける。集団が去った後も、学生がまばらに食堂を出入りしている。
彼に早く来てほしいけど、来てしまったら想いを伝えなければいけない。そう思うと緊張して鼓動が速くなる。高ぶる気持ちを落ち着けるようと目を閉じると、昨日の優しくたのもしい紅谷さんの笑顔が思い浮かぶ。知らず胸が熱くなり、頑張れそうな気がしてくる。
その時、背後から声をかけられてビックリする。
「佐倉さん?」
顔を上げて振り返ると、そこには彼が立っていて、静まった鼓動が再び速くなる。
「あっ……」
突然目の前に現れた彼に瞠目していると、彼は優しい瞳で笑う。
「やっぱり、佐倉さんだ。どうしてここに?」
食堂の中には購買部があって、彼はそこから来たようだった。
「あの、私……」
そう言いかけた時、昼時間終了のチャイムが鳴る。
荘厳な鐘の音がゆったりと聞いたことのない曲を奏でている。T大学の校歌なのかもしれない。
「ごめん、俺これから講義だから」
蘇芳さんは申し訳なさそうに頭をかいて、食堂の入り口を目線で指す。
行ってしまう!
そう思って、私は彼を呼びとめる。
「蘇芳さん。私……蘇芳さんにお話しがあって来ました」
蘇芳さんは目を見開いてこっちをみつめ、その瞳が切なく揺らいだ。
「……わかった。次の講義で今日は終わりだから、ここで待っててくれる?」
そう言われて私は頷いた。
※
一時間半後、三限目の講義を終えて食堂に戻ってきた蘇芳さんが、私の向かいの席に座る。
勢いでここまで来たものの、なんて切り出したらいいかしら。なかなか言葉が出なくて黙っていると、蘇芳さんが先に口を開く。
「二年ぶり……だよね。元気だった?」
「はい……。蘇芳さんは元気でしたか? 復学したって聞いて驚きました」
「うん。実家の方は少し落ち着いてね、両親が折角入った大学だからって、復学をすすめてくれたんだ」
蘇芳さんがくすりと笑う。
「なんか、こうして佐倉さんとまた話せるなんて不思議だな」
「えっ?」
「はじめは……全く面識がなくて、相手のことは何も知らないし、たった数回話しただけなのに、こんなにも懐かしく感じてる。不思議だよね、俺達の関係って」
そう言って微笑む蘇芳さん。
「そう、ですね……」
不思議な関係……それが私達の運命に繋がっていたら、すごく嬉しいのに……それは違うとわかっている。私達の運命は、違う未来を向いていて、たまたま一時すれ違っただけ。そう考えたら、胸が切なく痛み、視界がにじむ。
私は頭によぎった考えを振り払うように首を横に振り、あふれ出しそうになった涙をのみ込んで、かすかに笑った。
「でも、私は知っていましたよ……蘇芳さんのこと」
そう言った私の言葉に、蘇芳さんがはっとする。こっちを見る彼の瞳がキラッと光りを反射して、黒く輝いてとても綺麗だった。
「そう、だったな……。なぜか君は俺のことをよく知っていて、俺の秘めた心を見透かされた時は、正直、驚いたし、苛立ちもした」
「本当に、あの時は失礼なことをたくさん言ってしまって、ごめんなさい」
私は、自分のしたことを思い出して恥ずかしくなる。そんな私に、蘇芳さんは優しく笑って首を横に振る。
「でも、不思議と嫌な気分にはならなかった。佐倉さんにずばずば言い当てられて動揺したけど、佐倉さんと話して心が安らいだのは本当。彼女との思い出がたくさん詰まったあの喫茶店で思い出にすがって、でも心が壊れていくように痛んで動くことができなくて……そんな時佐倉さんと出会って、佐倉さんの隣はとても居心地がよかった」
その言葉に、私は胸が熱くなる。そんな風に思っていてもらえたことを知れて、それだけで満足だった。
私は俯き、目を閉じて……それから勢いよく蘇芳さんを振り仰ぐ。
「私、蘇芳さんのことが好きでした」
蘇芳さんは目を見開いてこっちを見ている。
私は微笑んで言った。
「気がついたら目で追っていて、だからあなたの恋も知っていました。あなたが切ない瞳で彼女を見ていてことも、自分の恋そっちのけで彼女の恋を応援していた、その優しさも……。だから私は、あなたのことを好きになりました」
私はそこで一息つき。
「でも、気持ちを伝えるつもりもなかったし、ずっと片思いで構わないと思っていました。ただ、あなたの恋が報われることだけを祈って、ずっと見つめていました」
それまで静かに私の話を聞いていた蘇芳さんが、ゆっくりと口を開いて悲壮な笑みを浮かべる。
「まるで、もう一人の俺を見てるみたいだ……俺達、似た者同士だね」
そう言って、蘇芳さんはその瞳に切なさを宿した。
「俺達、もっと違う出会い方をしていたら、お互い、こんなに苦しい恋をしなくてよかったのかもしれないね……」
そう言った蘇芳さんはまばゆく、息をのむ美しさだった。
私は、涙が溢れそうになる瞳を伏せて、首を振った。
「いいえ……いいえ。私はこの恋をして、良かったと思います。辛くても、あなたを好きになれて幸せでした。……蘇芳さんもそうでしょ?」
蘇芳さんはうっすら微笑んで頷いた。
あなたも、振られると分かっていて桜さんに気持ちを伝えた時、これでよかったと言ってましたものね。
「今は……恋を諦めたその時は、また新しい恋をしたい、そう思えるだけ前向きになったと思います。私はやっとこの恋を諦められます。伝えられなかった想いを伝えて、精一杯この恋を頑張ることができましたから。だから……今日でこの恋を終わりします。話を聞いて下さって、ありがとうございました」
そう言って頭を深く下げる。瞳からあふれた涙が一筋おちて、気付かれないように下を向いたまま手でぬぐう。
顔を上げると、目の前に座っていたはずの彼はいなくて、辺りを見回すと、座っている私のすぐ横に立っていた。見上げると、彼は私を見つめて複雑な顔で笑って、手を差し出した。
私がその手に自分の手を乗せると、大きな手で優しく包み込まれ、その瞬間、力強く彼の方へぐいっと引っ張られ、前に倒れそうになる。
転ぶ……!
そう思った時、爽やかな香りと暖かい温もりにふわっと包まれた。
私は、彼に抱きしめられていた!
突然のことで、いったい何が起きたのか分からなくて瞠目する。
そんな私を、彼は一瞬だけ強く抱きしめた腕の力を緩め、少しかすれた声で言う。
「俺の方こそありがとう。こんな俺を好きになってくれて」
そう言った彼を見上げると、あの日――さよならをした日――と同じ、ほんのり寂しさを宿した、吸い込まれるような瞳があって、それがあまりに綺麗で、私は泣きたいような気持になった。
それでも、私は彼から視線をそらさずに、最高の微笑みで返す。
そうして、彼と本当のさよならをし、私の恋は終わりを告げた。
気持ちを伝えようとは思わない。
ずっと片思いで構わない。
ただ、彼の恋が報われますように……そう願った私の儚い恋は、秘めることはできなくて……
溢れた想いをもてあまして苦しんだこともあった。
だけど、辛いばかりじゃなかった。
彼を見て、何度心に暖かい気持ちがあふれたことか……
この恋は報われなくて、諦めないといけない恋だったけど――
恋をあきらめたその時は、新しい素敵な恋をする!
――そう思える前向きな自分に、この恋を通して成長出来たと思う。
涙をたくさん流したこともあったけど、それでも彼を好きになって――あがいて、すがって――精一杯した恋を、私は誇りに思う。
大学を出ると、麗らかな風が一陣吹き、どこからか桜の花びらを連れてくる。
優雅に舞う花びらを見て、頬を一筋の涙が伝った――
これにて、完結です!
ここまで読んでくださってありがとうございます。
感想や1ポイントでもいいので評価頂けると今後の励みになります。
番外編として、紅谷視点のお話を近日UPする予定なので
そちらもよかったら読んでみて下さい。
誤字などありましたら、お知らせください<m(__)m>