プロローグ 彼の本当の想いを知っているのは、私だけ
窓際の角の席、決まっていつもそこに座る。
注文するのはアイスコーヒー。夏でも冬でもこの一年、注文はいつも同じだった。
彼が来て少しすると、女性が来る。周りからは恋人同士に見えるだろう。私も初めは彼女だと思ってたけど、しばらくして違うと気づく。彼女には頻繁に電話がかかってきて、話す声は艶っぽく相手に好意を示してることがすぐにわかった。
そして彼はそんな彼女を好き……
頬を染めて電話で恋人と話す彼女を見る彼の瞳は、優しさの中にせつなさがちらついてる。そんな彼の“片思い”に気づいたのは私だけだろう。
私は駅前の喫茶店でバイトをする佐倉もも、大学一年生。去年から始めたこのバイトは、常連のお客様が多い。店長は「お客様にとって喫茶店で過ごす時間は生活の一部」って言っていた。確かに、毎朝コーヒーを飲みに来る老齢の男性、ランチを食べにくる駅前のデパートの従業員、勉強をする学生。穏やかに流れる時間の中に、喫茶店に訪れる人それぞれに物語があるように感じられて、それを見ているのが楽しかった。
ある日、彼が珍しくずっと一人だった。外は、雨。風が強く吹き、大粒の雨玉が地面を打ちつけていた。彼は時々アイスコーヒーを飲む以外はずっと窓から外を眺めている。その瞳は大切な人を想って、時折揺れる。
気が付いたら目線はいつも彼を追っていて、彼女を思って切ない顔をする彼を見ては、胸が締め付けられるように痛んだ。
名前も知らない彼。
何をしてるのかも知らない彼。
好きな人がいる彼。
だけど、気付いた時には好きになっていた。
気持ちを伝えようとは思わない。
ずっと片思いで構わない。
ただ、彼の恋が報われますように……その時は、そう願うばかりだった。