61話 怪盗スピナ、参上
昼下がり。双子は居間で、団らんをしていた。
カインは新聞を広げながら言った。
「最近、国内で怪盗が出るようになりました」
「……へぇ」
バルドルは興味がなさそうに返事をしながら、手にしていたクッキーを口にした。
「今日の新聞に犯行予告が出ています」
カインが新聞をバルドルのほうへ向ける。
そこには、妙に大きな文字で犯行予告が掲載されていた。
『三日後の八時に王都の美術館にあるルビーの髪飾りをいただきに参上します。
頑張って僕を捕まえてみてね。
怪盗スピナより』
バルドルが呆れたように新聞を見つめる。
「……なんで新聞に載ってるんだ」
「わざわざ新聞会社に犯行予告を送っているようです。新聞社も、この内容を載せれば新聞が売れるみたいですよ。国民も面白がっているようです」
バルドルは深いため息をついた。
「はあ……」
盗む側が堂々と犯行日時と盗む物を予告し、それを新聞社が記事にして、国民が楽しむ。
もはや犯罪というより、ちょっとした見世物になっていた。
「スピナって何だ?」
「トゲ、という意味です」
「……なんでトゲ?」
「知りませんよ。本人に聞いてください」
カインは新聞を眺めながら、少しだけ口元を緩めた。
「バルドル、見に行きましょう」
「まあ、近場だから行ってみるか……」
☆ ☆
三日後。
双子は、ルビーの髪飾りが展示されている美術館の玄関前に来ていた。
スピナの犯行予告が出ていることもあり、美術館はすでに閉館されていた。玄関前には規制線が張られ、一般人が中へ入れないよう厳重に警備されていた。
それでも、その周囲には多くの人が集まっていた。
犯行予告どおり、本当に怪盗スピナが現れるのか。
それを一目見ようと、野次馬たちが集まっているのだ。
双子もその中に紛れ、少し離れた場所から美術館の様子を眺めていた。
周囲には近衛兵や美術館の警備員が大勢配置されている。玄関だけでなく、建物の周囲にも人が立っており、普段よりはるかに厳重な警備体制が敷かれていた。
バルドルが、警備に当たっている近衛兵たちを眺めながら呟いた。
「……警備する方は苦労しているだろうな」
「もし、この厳重な警備体制をくぐり抜けるなら、貴方ならどうしますか?」
「……そうだな」
バルドルは少し考え、美術館の正面と周囲を見回した。
「真正面から入るより、こっそり裏口から入るかな。でも、わざわざ新聞に犯行予告するようなやつなら、違う方法だろうな」
「確かにそうですね」
カインも周囲を眺めながら頷いた。
犯行予告までしている以上、普通に侵入するつもりはないのだろう。
「でも、盗んでも自分が所有するしかないよな」
「ええ。よその国に売れば高値で売れると思いますが、少しリスクがありますからね」
「そう考えると、変な奴だな」
バルドルがそう言ったときだった。
カインの視線が、近くに立っている一人の近衛兵へ向けられた。
先ほどまで周囲を見回していたカインが、急に黙り込む。
「……バルドル、あの近衛兵から目を離さないように」
「どうかしたか?」
「装備が合っていないんですよ」
「え?」
カインは近衛兵の足元をじっと見つめる。
「サイズが合っていません。それに……よく見ると、手袋も肩当ても少し緩いですね」
バルドルも言われたところを確認する。
「……まさか」
「すべて憶測になります。決定打ではありません」
カインはそう言いながらも、近衛兵から視線を外さなかった。
「それに……髪飾りが盗まれれば、近衛兵が無能だと世間に広まりますから」
「それはそうだけど、髪飾りを守ったっていうのは俺たちの功績になるぞ」
「捕まえられなければ、我々まで失態を晒すことになります」
カインは淡々と答えた。
「今回は依頼されていません。あまり派手な行動は控えるべきです」
「……それは一理あるな」
バルドルは腕を組み、美術館を眺める。
せっかく怪盗が現れるかもしれないというのに、何もしないというのは少し歯がゆい感覚だった。
「もどかしいけど、今回は動かないほうがいいか」
「ええ」
カインはもう一度、美術館と近衛兵たちを見渡した。
そして、興味を失ったように視線を逸らす。
「そろそろ、帰りますか」
「見なくていいのか?」
「ええ。どうせ結果は見えています」
「……そっか」
二人は野次馬の群れから離れ、美術館を後にする。
その頃、二人の背後では、犯行予告の時刻が少しずつ近づいていた。
☆ ☆
翌朝。朝食を食べ終えた双子は居間で過ごしていた。カインが新聞を眺めながら、呟いた。
「やっぱり盗まれましたね」
そこには、昨日の美術館で起きた怪盗スピナによる盗難事件について、大きく記事が載っていた。
『犯行予告通り、八時にルビーの髪飾りは盗まれた。裏口では、制服や装備を奪われた近衛兵が発見され、怪盗スピナは近衛兵に変装して侵入したものと思われる。
なお、怪盗スピナは展示品以外の品には一切手を付けず、警備員や近衛兵を傷つけることもなかった』
バルドルが新聞を覗き込みながら言う。
「案外いいやつなのか?」
「犯罪者ですよ」
「まあ、そうなんだけどな」
バルドルは納得したような、していないような顔で新聞を見つめる。
すると、カインは新聞と一緒にポストの中に入っていた小さな封筒を見つめた。
「……誰からでしょうか」
封筒を裏返すと、そこには差出人の名前は書かれていなかった。
カインが封筒を開くと、一枚の紙が入っていた。
『華麗なる双子様へ
昨日はお目にかかれて光栄です。お兄さんの熱い眼差しを感じましたが、今回はお声をかけられずすみませんでした。
あれは、僕を見破っていましたね。お見事です。
今度は月明かりの下で、お会いしましょう。
怪盗スピナより』
しばらく、二人は黙っていた。
「知り合いだったのか?」
「いえ、顔すら知りませんよ」
「なんで俺たちに」
「さあ」
カインは手紙をもう一度読み返した。
昨日、二人はスピナらしき人物はいたが直接接触はしなかった。
それなのに、わざわざ双子宛てに手紙を送っていた。
「……今後陛下が我々を頼って、スピナを捕まえろという依頼をしてこなければいいですね」
「そうだな……」
バルドルは遠い目をしていた。
その隣でカインは、手紙をじっと見つめていた。
どうやら怪盗スピナのほうは、双子に興味を持ったようだ。




