52話 インコ(後)
アンリは冷たい床で身動きとれずにじっと待っていた。
なんでこんな事態になったのか理解ができなかったが、自分の身の危険が迫っていることは把握できた。
アンリは幼い頃に母を亡くし、仕事で家を空けがちな父に育てられた。 不自由のない暮らしではあったが、孤独を感じることも多かった。
十二歳の誕生日、父から贈られたのがインコのマカロンだった。 初めて飼う生き物だったが、その愛らしさにアンリは夢中になった。
マカロンはペットではなく、家族だった。 いつしかマカロンを通じて友人も増え、アンリの世界は大きく広がっていった。
しかし、事件が起きたのは四日前。その日は従者も連れず、心置きなくマカロンと一緒に街にでかけたとき、背後を襲われて気絶してしまった。
気がつけば、冷たい床に倒れていた。
身震いしながらも、真っ先にマカロンの安否を気にした。 体をよじると、服の裾にマカロンが隠れていた。
無事でよかったと安堵したが、今の状況は最悪であった。目覚めたときは誘拐犯はおらず、手足は拘束されて動けなかった。
しかし、インコが通れるほどの小さな穴があり、ここからならマカロンが逃げられると思った。
アンリは一つの決意を固めていた。
『マカロン、今すぐ逃げて。早く』
『ピィピィ』
『大丈夫よ。私は必ず生きて帰るから』
すると、マカロンは外へ飛んでいった。
突然のマカロンとのお別れにアンリも寂しくて心細くて涙をこぼした。
マカロンは無事だろうか。野犬に襲われていないか、誰かに拾われているだろうか。 考えれば考えるほど、不安になった。
「マカロン……」
か細い声で呟いていると、通路のほうから聞き覚えのない男の声が聞こえてきた。
「おーい、誰かいるか。いるなら返事してくれ」
「!!」
誰だろうと思っていると、扉が開いた。
現れたのは自分を連れ去った男たちとは明らかに雰囲気が違う騎士風の二人であった。
「あんたがアンリさんか」
警戒しつつもアンリも尋ね返した。
「……どなたですか」
「俺たちは怪しいもんじゃない。あんたのインコを拾った者だ」
その一言に身を乗り出して、バルドルへ聞いた。
「拾ったって私のマカロンですか!?」
バルドルは頷いて返答した。
「ああ、そうだ。あんたを助けに来た」
「マカロンは、マカロンは無事なんですか!」
「勿論無事だ。今は俺の自宅で保護してる」
「そっか……良かった」
と、安堵の笑みをこぼした。カインはアンリを縛っていた紐を器用に切り裂いて、解いた。
「これで大丈夫です。一刻も早くこの場から離れましょう。立てますか」
「は、はい。大丈夫です」
アンリと共に外に出ようとすると、五人の人相の悪い男が出てきた。
「なんか騒がしいと思って来たら、たった二人でここに乗り込んできたのかよ、近衛兵さんよ」
「どうやってこの場所を特定できたかわかんねぇけど、簡単には帰らせねぇぜ」
「こいつらを生け捕りにして身代金を上乗せしようぜ」
「そりゃいい、どうせこいつらも貴族のお坊ちゃんだろう。金ならいくらでもあるだろうよ」
「はっはははは!」
誘拐犯たちが勝手に盛り上がっているとカインがぼそっと言った。
「私が、近衛兵で貴族……ですって?」
その一言でその場にいた人間は沈黙してしまうほどの恐怖を覚えるものであった。
カインにとってはこの世でもっとも嫌いな傲慢な貴族、無能な近衛兵に間違えられるのは屈辱であり、侮辱でもあった。
「あれとは違います。私はハンディマンです。覚えてから、牢屋に入りなさい」
安易な誘拐犯たちの言動は実に愚かで弟のバルドルは、穏便には済まないなと心の中で諦めた。
「あーあ、カインの機嫌悪くなった。これは誘拐犯たちに責任とってもらうしかねぇな」
「バルドル、死なない程度ならボコボコしても構いません」
「言われなくてもそうする。
アンリさん、俺達の後ろにいてくれよ」
「は、はい」
双子は武器を構えて、相手の様子を伺った。
相手は男五人なのでカインに花をもたせるためにバルドルは二人を相手にすることにした。
バルドルは正面から大ぶりで振り上げたのを軽々と受け流し、剣の柄で相手のみぞおちに一撃をいれた。
もう一人の男には顔に拳をぶつけて首根っこを掴んで床に叩きつけ戦闘不能にさせた。
一方カインは、イライラが溜まっていたため、まったく手加減をしなかった。
ダガーと剣で相手の武器を弾き飛ばすと、素早く距離を詰めて男を叩き伏せる。
次の相手も一蹴し、身動きが取れなくなるまで追い込むと、カインは笑みを浮かべた。
その容赦のない戦いぶりに、最後に残った男の足は震え、頭の中は真っ白になった。
「……降参します」
男は武器を床に置き、両手を上げた。
カインは残った男に近づいて、ダガーを手に近づいていった。
「却下です」
ダガーの柄で頭を叩いて気絶させた。
「弱いですね。……準備運動にもなりません」
「カイン、顔がめっちゃ怖いぞ」
「私としたことが感情が暴走してしまいましたね。お恥ずかしい」
「そんなこと思ってねえだろう……」
☆ ☆
後日、グランフェルト邸にアンリが来てお礼とマカロンを引き取りにやってきた。
「先日はお世話になりました」
「いえ、私達ができることをしたまでですよ」
「ほら、お前さんのインコだ」
バルドルがマカロンをアンリへ手渡した。
「マカロン、会いたかった。あのときはごめんね、ううう」
「ピィピィピィ」
アンリは嬉し涙をこぼして、マカロンをしばらく手の中で包んだ。
アンリは冷静になると、一つの疑問をカインに問うた。
「でも、なんでマカロンは会館にいたのでしょうか……」
「こればかりは予想になるのですが、貴女が囚われた場所で一番人通りがある建物が会館だったからだと思います。
そうすることで、自分を拾い、アンリさんの危機に気づいてくれる人間を待っていたのでしょう」
それを聞くと、アンリはマカロンを優しく撫でた。
「そっか。本当マカロンのおかげだね、ありがとう」
「マカロンがお世話になりました。この御恩は忘れません」
「これからは気をつけてくださいね」
バルドルはマカロンへ別れの言葉を告げた。
「じゃあ、短い時間だったけど楽しかった。元気でな」
マカロンはバルドルに応えるようにピィピィと鳴いた。
アンリとマカロンを見送ると、リビングで双子は一件落着と温かな飲み物を手にソファーに座っていた。
「寂しくなるな、シャロン」
「いいんです。元の飼い主様のところで飼われているほうがあの子のためですからね」
「そうだよな、幸せになってほしいな」
「近衛兵のかわりに我々が動いたのに拘束されて散々な目に遭いました」
「でも、あれだけ暴れたのにお咎めなしだったんだろう。よかったじゃねぇか」
あのあと、アンリを保護し、誘拐犯を近衛兵の派出所へ突き出した双子は、そのまま取調室へ連れていかれた。
特にカインは暴力行為を一切反省せず、「正当防衛です」と主張し続けた。 国王公認のハンディマンを長時間拘束することもできず、二人はすぐに釈放された。
「当たり前ですよ。私は善良な行動をしたのに、誘拐犯に武器を突きつけられて手加減なんてできませんよ。立派な正当防衛です」
「いつか過剰防衛で捕まらないようにしてくれよな」
「そのときは全力で私の味方をしてください」
「おぉ……」
そんな事態になるような出来事が今後起きないことを、バルドルは心の中で祈った。




