28話 神話愛好会(その4)
カインは隣の棟へ侵入し、周囲の音を気にしながら進んでいた。隣の棟には使用人はほとんどおらず、みなサロンが行われている屋敷に出払っているようだった。
カインがノーリッシュの書斎前に来ると、ゆっくりと扉のノブを回した。
鍵はかかっておらず、すんなりと中に入ることができた。
扉を閉め、カインは慣れない暗闇の中を歩いて、書類が積まれている机に向かった。
机に肘がぶつけ、本を床に落としてしまった。
そのとき、偶然通りかかったメイドが扉をノックした。
「旦那様、どうかされましたか」
「(聞こえてしまいましたか)」
どうしようと考えていると、子供の頃にやっていた特技を思い出した。
このままメイドに部屋を開けられてしまうと潜入捜査は失敗し、バルドルやリベリオにも迷惑をかけてしまうと思い、一か八か、やってみようと決意した。
カインは手で喉を押さえて、普段出さないような低い声でメイドに対応した。
「ただ本を落としただけだ、気にしないでくれ。……私の気遣いより客人をもてなしてくれ」
メイドは「そうですか」と、疑うことなく返事をした。
メイドの足音が徐々に離れていくことを確認してカインは胸をなで下ろした。
「はぁ……。久々の声帯模写、成功ですね」
カインはノーリッシュの声に似せてメイドと会話したのだ。
カインは昔から声帯模写をして祖父やバルドルを騙してよく遊んでいた。
今では全くこの特技を使わなくなってしまい、こうして騙せたのは嬉しい発見だった。
「(この特技、今でも使えるかもしれませんね)」
カインの発言もその場しのぎの発言だったので、あまり長居はできないと考え、すばやく書類に目を通すと、神話愛好会にまつわる記載があった。
カインはこれだと思い、その書類のページをめくっていると一つの項目に目をやった。
「(……これは。……早く戻りましょう)」
すべての本を元の位置に戻して、カインは急いで書斎をあとにした。
カインが執事に馬車の手配をしてもらい、広間へ行くとバルドルとリベリオの周りには人だかりができていた。
「ルーカス、そろそろ帰りますよ」
「ああ、分かった」
「あ、そうだ。グランフェルトさんも一緒にいらっしゃいませんか」
「いきますよ」
名残惜しくもノーリッシュ邸を後にした。馬車の中で、カインはリベリオとバルドルに調査報告を話した。
「それでカイン。書斎にはあったのか」
「ええ、しっかりとアリバイはありましたよ。先にお伝えするとノーリッシュ卿は白でした」
「そうか……。それじゃあ、俺たちの潜入は無駄足だったのか」
「いえ、見方を変えれば無駄ではありません。今回の真相が分かりましたから」
「マジかよ!」
「それは、貴方ですよ。お父様」
「はぁ!? 一体どういうことだ」
リベリオは苦笑いした。
「バレちゃったか……。さすがだ、カイン」
「私がノーリッシュ卿の書斎で見つけたのは、行方不明になった方々の名前が並べられたリストでした」
「リストだと?」
「ああ。それは僕が作ったものだよ。実際には誰も行方不明になってない」
バルドルは目の前に座る父を、高圧的な声色で問いただした。
「おい、親父。納得できるように説明しろよ」
「お父様とはいえ、こればかりは説明責任がありますよ」
諦めたかのようにリベリオはことの真実を語り出した。
「近くで君たちの働きを見たかったんだよ。
それで陛下に相談したら、近日中に神話愛好会の会合があったから、架空の事件を仕立て上げて、君たちの力を試したんだ」
バルドルはリベリオに詰め寄った。
「ざけんなよ、俺たち暇じゃねぇんだよ。
わざわざ王室騎兵まで利用して、こんな回りくどいやり方するんじゃねぇよ」
「ごめんなさい」
「王室騎兵からこの話を聞かされたときから疑問は感じていました。
しかし、ここまで悪ふざけだったとは、知る由がありません」
「ここまであっさりバレるとは思わなかった。……申し訳ない」
バルドルは肩を落とした。
「何のために神話を覚えたんだ……」
「我々の大切な時間と労力を使ったのですから、それなりの代償を払ってくださいね」
「え、それって例えばなんだ?」
「私は北欧の紅茶が飲みたいですね。その手のものは収集したことありませんので」
「じゃあ、俺はベッドを買ってくれ。熟睡できるやつ」
「おやおや、バルドル。私よりも贅沢ですね」
「今回ばかりはそれくらいしないと収まらねぇ。いいよな、親父!」
「はは、お父さんお金なくなっちゃうな……」
二人は声を揃えて言い放った。
「知りません」
「知るか」




