復讐への目覚め
「消えたってどういうこと?」
総司令官ロニは指令部を設置しているテントにて報告を聞き声をあげた。
「探知できなくなりました。これは魔王の娘が意図的に魔力を消して潜伏したのではないかと」
上空から森を見渡しながら魔力探知を行っている魔術師が通信魔法を用いながら疑問に答えた。
「それはありえない。勇者部隊が三つも迫ってきているのにそんな無防備状態になるとか自殺行為。一度魔力を切ってしまったら戻すのに時間が掛かるし何より復帰した瞬間に目立ってしまうじゃない。他に何か要因とか考えられない?」
「死んでしまった……いや自殺は無いか。魔族は生き汚いし。だとしたら切らざるを得ない状況になっているとか?」
「例えば誰かと接触した場合、とかですかね。魔王の血族の魔力は独特で一度接触しているものならすぐに気づいてしまいますし」
「けど作戦前にこの地帯は立ち入り禁止にしているし、いま森の中にいるのは勇者隊の関係者のみ。彼らは全員出会うものはまず魔王軍の残党か魔王の娘だと周知しているはずだけど」
「すると……あっあれは! ワカ隊とナキ隊に魔王軍が突っ込んでいきます」
「なるほど! 魔王の娘を逃すための作戦か。両部隊に敵接近と伝えて! そしてルート的に考えるとルッサ隊の方面に魔王の娘が逃げていると考えて良いわね。じゃあ彼らに魔王の娘がそちらに向かっていると伝える。引き続き探知を続けて」
ロニは各隊の隊長に通信魔法を用いて連絡を告げる。相手の手の内は分かったというのに、しかし彼女の分からない不安で満たされていた。ひとつの説明できない相手の行動から不測の事態が、斜め上の分からぬ展開、何かが……起こりそうだと。
「すごく身体が痛そうだね、大丈夫?」
「なぁにこれぐらい大丈夫だぜ。勇者としての務めを果たしてきたんだ、名誉ってやつだ」
「えらーい、すごーい、つよーい」
女の子にそう言われると俺の心は癒された。そう言って貰いただけだ。休んでとか病院に行ってとかそろそろ引退だとかそんな言葉はいらない。
俺の生き方に口出しするな、俺の邪魔をするな、俺の人生の全ては俺の意思で全部決めるんだからよ。
そして俺が欲しいのは承認だ。俺が世界のために戦い傷ついたということを認めて貰いたいのだ。お前は自分のためにやったとかふざけるなよ!
だったらお前は俺のように出来るのか、えっ? ほらやれよ。出来ねぇくせに偉そうなこと言うな。
ところで俺達二人はいま森から抜け出そうとしている。この子の話によると自分は森の中を迷ってしまい悪い連中に追われ酷い目に会いそうだとのこと。こんな幼気な子にそんなことをするだなんて……なんて邪悪な奴らだ。
許せない……そうだ世の中は悪い奴らばっかりだ。弱いものや頑張ってきたものや正直者を食い物にする連中ばかりだ。弱いふりしてラクする嘘吐き連中ばかりだ。本当に困っている人はそいつらに苦しめられてばかりだ。
怪我をしたら自己責任だと攻撃してくる。俺もそいつらに苦しめられている。俺のことを何も知らないし知ろうとしない奴らに攻撃されている。そんな連中のために俺は……
「なんでそんなに悲しそうな顔をしているの?」
「えっ? 俺はいまそんな顔をしているのか?」
「うん、泣いてるよ」
涙? と俺は顔を拭うと掌は濡れた。そうか泣いていたのか。いや、そうだ泣いた方が良い。こんな腐って残酷な世界に対しては悔し涙をこぼした方が良い。
腐敗し残酷した社会に対して正しきものは涙して当然だ。
俺の人生を費やしたのに世の中は少しも良くはならない。むしろ昔よりも悪くなるばかりだ。これが俺の犠牲の上に成り立った世界なのか? そんなの……おかしいだろ。
なんで俺は自分が惨めだと思わないといけないんだ……なんでお前らは俺が惨めだと教えて来るんだ……ほっといてくれよ……
「はい、ハンカチ。顔を拭ってあげるよ」
「おっそうかじゃあ、頼む」
不思議だ……どうしてか俺はこの子の言うことを全て聞いてしまう。まるで生まれてはじめて心が開かれているように。
「なにを思って泣いたの?」
「世の中の悪についてだな。とにかくこの世は悪者ばっかりだ」
「さすが勇者だね。世界平和のことをちゃんと考えているんだ」
「そうだ。俺は二十六時間三百六十五日一秒も休まず身を粉にして自己犠牲の精神でやってきたんだ」
「ほんとうにすごーい! そんなの誰にもできないことだよ」
「おうよ! 俺以上の働き者はいないし俺以上に頑張ったやつはいないのは確実なんだぜ」
「そんなに頑張ったのなら世の中は良くなったんだよね?」
「……」
「あなたの自己犠牲で世界は平和になったんだよね?」
「……」
「ありがとう!」
「……」
「また、悲しい顔をしているね、どうして? あなたの思いは全部叶ったんじゃないの?」
「……いや、叶ってはいないんだ。まだ世の中は悪いままだ」
「そんなに頑張ったのに?」
「……そうだな」
「あなたの全てを捧げたのに? どうして?」
「分からない……分かっているのは俺がこの世界から蔑ろにされているってことだ」
「酷い! こんなあなたを蔑ろにするなんて信じられない、嘘でしょ?」
「嘘じゃなく本当のことだ。俺の身体がボロボロなのはお前のせいだと言われるんだ」
「そんなことない! あなたは世界のために身体を捧げたのよ!」
「だがそう見られるんだ。誰からも優しくされないんだ。休まずに働いてもお前が勝手にやったことだと冷たく言われるんだ。そしてお前は惨めだと言い捨てられるんだ」
「ありえない! こんなに頑張ってきたのにそんなことを言われるだなんて!」
「しかしそれが現実だ。頑張れば頑張るほどそう扱われる。奴隷なんだよ俺は。いわば社会の奴隷でな……俺は勇者なのになんでこんな扱いを受けなきゃならないんだ」
「……ねぇ、間違えていたんじゃないの?」
「間違えて、いた?」
「もしかして逆だったんじゃないの?」
「逆? なんだそれ?」
「つまり戦う相手が違っていたんじゃないかって」
「そんなはずないだろ! 俺は全てを捧げて勇者として戦った!」
「でもあなたは泣いているじゃない?」
「……」
「涙は嘘をつかないと思うんだ」
「……違う」
「じゃあ違うって証明してみせてよ」
「証明って、なんだ」
「つまりはこういうこと」
そう言うと女の子は俺の正面に立ちそれからその身体は赤い光によって包まれた。それは魔力でありそしてそれはあの魔王と同じ色の!
「私はあなたたちが狙っている魔王の娘なんだ。つまり勇者たちが狙っているのは私。この首を狙っているというわけ」
「なっ……お前が魔王の娘!」
気づかなかった……いや違う! 俺は気づいていた、気づいていたが、どうしてか思考が停止してしまっていた。
「どうぞ、やって。ボロボロのあなたでも私を倒すことはできるよ。そうやって私を倒して栄誉を受ければいいよ。あなたはそうしたかったんでしょ?」
「それは……」
俺はこの子を……俺の心に触れて慰めてくれたこの子を倒せるのか?
「あなたの苦しみを私はよく分かったの。だから私はあなたのために犠牲になっていいの。さぁ私を倒してあなたの人生は正しかったと証明して」
「俺は……俺は」
俺の手が赤い光の中に入るもそこには抵抗感はなく敵意もない。それどころか温かく俺を迎え入れてくれているようだ。
そして俺を見つめてこの子の目は今まで見たこともない慈愛に満ちたものであって、本当に俺のために死んでくれるような気がしてくれた、俺のために犠牲になってくれるものの目で……家からいなくなったあの子と二重写しとなって……
「……できない。できないよ」
俺の腕はこの子の肩を包んだ。
「できっこないんだ。そんなのできない……だってお前は俺に助けてといったじゃないか」
「でもそうしたら裏切り者としてあっちに戻れなくなるよ?」
「いいよもう……あっちは俺を見捨てたんだ。だけど俺はお前を見捨てない。それが俺の唯一残された最後の矜持だ……」
「じゃあさ、やり直す?」
「やり直すって? もう手遅れだ。時間は戻せない。俺はこんなにも老いぼれて衰えてしまったんだ」
「戻せるよ、私が戻してあげる。あなたが望む最も強かった頃に戻してあげる。だってそれぐらい苦しんで来たんだよ。あなたが苦しんだ分だけ、奇跡をおこしてあげる。いつの頃が良い?」
「なら10年前、だ。俺が勇者となってはじめて隊を率いた時が俺の絶頂期だった。」
「分かった。良いよ私と一緒になろう。そしてさ、彼らに教えてあげればいいよ。あなたがどれほど強かったか、どんなに素晴らしかったか。教えよう、後悔させて、見返してやるんだ。それはきっと楽しいことになるよ」
「……教えたい。そうだ俺は、あいつらを見返したい、俺は惨めではないと思いしらせてやりたい」
「……じゃあ契約成立だね」
赤い光が俺を包んだ。俺は自分の人生をやりなおす。そうだ俺はお前らがクズだと証明してやる。その時はじめて俺は自分がクズでは無かったと分かるんだ。




