第9話 仕事が楽しい!?
毎朝6時半に出社する。
朝礼で、当日の仕事とアサインを読み上げる。
現場準備を手伝い、社員の出発を見送る。
イレさんに一言かけ、町中を歩いてめぐる。
ヨウのルーティンワークである。とにかく知らないことが多すぎるので、毎日が必死な猛勉強だ。
坂本造園に就職を決めたあの日、入社の意思を伝えるとイレさんが語り始めた。
「どっかの学者さんがな、造園業はあと20年でなくなると発表したらしい。俺達にとっては、なんとも腸煮えくり返る話だ。
だがな……時代はどんどん変わっていく。今までと同じことをしていたら生き残れないことくらい俺も分かってる。だから、俺と一緒に走って欲しいんだ。
まずは、昨日『てっぱん』で話してくれたオープンカフェを実現しよう。」
「え……。
オ、オープン……カフェ……ですか?」
「そうだ。」
オープンカフェとは、雑草で荒れ果てた土地の草刈りを無料でやる代わりに、オープンカフェを営業させてもらうというアイデアだった。
ヨウが横浜に住んでいた時、駅まで川沿いの道を歩いて通勤していた。
その道は、夏になると雑草が生い茂り、とにかく歩きにくかった。毎年、地域の役員が管理している土木事務所に草刈りを依頼するのだが、人手不足で雑草天国になっていた。
そんな時、出張で訪れたフランスで、場所さえあればオープンカフェを営業している光景を目にすることがあった。これがまた、おしゃれだったのだ。
そうだよ。この川べりもオープンカフェにすればいいんじゃないか?
街は綺麗になるし、活気も出るし、いいな!
ヨウは、夏の通勤時にいつもそんなことを思っていた。その話をイレさんにしたのだ。
「昨日、イレさんから『浅いな』と言われた気がしますが。」
「ばか野郎。どんな浅いアイデアだろうが、まずやってみてるんだよ!ヨウみたいな凡人が思いつくものなんてのは、とっくに他のやつも思いついてんだ。
ただ、思いつくのとやってみるのは別だ。他のやつより1秒でも早く前に出てみせろ。サッカーで1秒早く前に出たら、ゴール量産だぜ。」
他人より1秒でも早く。確かに、イレさんの言う通り。だけど、それが一番難しいんだよね。
「ヨウ、もう3月が終わるところだから、夏まで3ヵ月だ。7月1日にカフェをオープンしろ!予算は100万だ、あとは自由にやってくれ。以上」
「や、やれるだけやってみます。」
ヨウが心の中で、マジか!を連呼していると、イレさんから続けて無茶ぶりが飛んでくる。
「ヨウ。とにかく、町を歩き回れ。で、そのたるんだ身体をなんとかしろ!あと、たばこやめろ。酒も控えろ。夕方からはサッカー部に顔を出せ。今日からサッカー部員なんだぞ。」
「でぇ~~~~~!?サッカー部!!」
イレさんの目を見ると、瞳の中に『本気と書いてマジ』の文字が浮かび上がっていた。
それから1ヵ月。筋肉痛との闘いの日々だったが、ようやく少しずつ身体が落ち着いてきた。
わさびの応援や、イレさんの情熱に応えたい一心で、なんとかここまで脱走せずやってこれた。
今日もヨウは、ルーティンの町中散歩後の書類整理をした後、サッカー部のクラブハウスに行く。
いつも通り、部員達は少し早く仕事を切り上げて帰って来ているので、夕飯の『てっぱん』弁当を一緒に食べている。
「ヨウさん、ちゃんと仕事してる~?」
「今は生命維持で精一杯だよ………。」
「情けないな~。でも、だいぶ身体も締まってきたもんね。」
隣で飯を食っている若者に、お腹の肉をつままれる。
サッカー部の連中はみんないい奴だ。いきなり入部してきた、サッカーもやったことがないおっさんをこうして気さくに受け入れてくれる。彼らには、バカな話をしながら、サッカーのことや仕事のことをたくさん教えてもらった。
まぁ、サッカーでも仕事でも、俺はこいつらにとって脅威じゃないんだろうな。とは言え、ホントに純粋でいい奴らだ。
オープンカフェでも何でも成功させて、こいつらを幸せにしてやろう!
ヨウは、どんどん坂本造園が好きになってきた。ここまで脱走しなかったのは、人に恵まれたことが一番大きい。
夕飯を終えてグランドに行くと、いつも通りの軽いアップの後にパス練習が始まる。
今日のパートナーは、高校生の瀬川勇気だ。まだ高校生だが、彼の学校にはサッカー部がないらしく、イレさんが連れてきた。彼は、ホテルアリスの一人娘、佐藤アリスの同級生でもあるそうだから、イレさんとも昔馴染みなんだろう。
勇気は、背が高く、細身ながら無駄のない筋肉を身につけたイケメン君だ。ポジションはFWなのだが、気が小さいため大事な場面で実力が発揮できていない。まぁ、まだ高校生なので仕方ないのかもしれない。
パス回しの途中、勇気が不意に近づいて来た。
「イレさんって、なんか変わった動きしますね。」
「まぁ、素人だから許してよ。」
「いや、素人って言うか………。ボール見てます?」
えっと………ボール見てますよ。
今見てたのは、青色のボールなんだけどね。
「見てるつもりなんだけど、うまくいかないね~。」
ヨウは、本当にうまくいっていない。
だが、しかし、極まれに青色のボールが視界に現れることがある。その際、周囲が驚くような反応でボールにリーチすることがあった。
それはすごいことなのだが……
技術がない、身体ができていないヨウの動きがとんでもないことになっているのだ。
もちろんヨウへの負担も尋常ではなく、そうしたプレーのあとはひっくり返ったカエルのようになっているのだ……。
「ヨウさん。俺、うまく言えないんだけどさ………。どういうわけか、なにやってもヨウさんを抜けないかもって思う瞬間がたまにあるんだ。」
え?やっぱりチカラのせいか?
でも、まともに使いこなせたことないぞ?
「勇気、お前もか!俺も思ってたもんね。ヨウさん、なんで?なんかの達人?」
夕飯時にヨウの腹をつまんできた若者が、話に割り込んできた。
名前は、芦沢隆、23歳。猿みたいなルックスで、猿みたいにすばしっこいSB。
あだ名は『もんちゃん』。
モンキーだから『もんちゃん』だと思われがちだが、「~もんね」が口ぐせなので『もんちゃん』。このかわいいあだ名は、アリスが付けた。
当の本人は、もんちゃんと呼ばれることを気に入っているみたいだ。そりゃ、あんな美少女に名付けられたら気に入るよね。
「よっしゃ!俺達からボール取ってみな!」
突然、2対1が始まった。
無理だと思うけど、やってみるか………。
「じゃ、ヨウさん、始めるもんね。」
もんちゃんがボールを持ち、ヨウを抜こうと
仕掛てくる。
ヨウが詰め寄ると、もんちゃんがフェイントをかける。が………、ヨウは素人すぎてフェイントの意味がない。
これは面白くないと、もんちゃんは勇気にパスをする。
パシ!!
「え?」
もんちゃんと勇気が思わず声を出す。
それはそうだ。2人がやろうとしたパスは何気ない普通のパスだが、今までチーム内での練習でも、こんなに簡単に取られたことはない。
「ヨウさん、当てずっぽはダメですよ。」
勇気には、ヤマ勘で動いたように見えたらしい。今度は、勇気がボールを持ち、2対1を再開する。
パシ!!
「ヨウさん、やっぱり、なんか極めてるだろ!!動きがおかしいもんね!」
もんちゃんが騒ぎ出す。
なぜか青ボールが見えた。で、足を出したらボール取れちゃった。
「ま、まぐれだよ。」
謙遜しつつも少し自慢気な顔をしてみたが、ヨウの膝は産まれたての子鹿のようにガクガク震えていた。




