第54話 テン・カウント
「とりあえず、僕の会社においでよ。」
「……聞いてます?」
ヨウが呆れながら、テンに何度目かの否定をした。
「う〜ん、ちょっと待ってね。」
テンはおもむろにスマホを取り出し、すらすらと画面を操作した。
「あ、もしもし。僕だよ、僕。テン。
あのさ、君のところのヨウ君。ちょっと借りるね。
うん、うん。じゃ、よろしく。」
ガチャ。
あまりにも一方的な通話を終え、テンは何事もなかったかのように振り返る。
「レンタル、いいってさ。」
「……もしかして、イレさんに電話してたんですか?」
「うん、そうだよ。」
「今の電話、かなり一方的でしたよ。
私から、改めて電話します。」
ヨウは苛立ちを隠さず、スマホをズボンのポケットから取り出した。
「それはやめたほうがいい。」
テンは穏やかな声で言った。
「イレ君とは話がついてる。今、君が連絡すると話がややこしくなる。もちろん、葵ちゃ……いや、わさびちゃんにも。」
なぜだか、わさびの存在まで知っている。
その言い直しが、妙に引っかかった。
穏やかな表情。だが、その瞳の奥に、感情らしいものは見えなかった。
「どうしてですか?
私は、やりかけの仕事が山ほどあります。
同僚にも迷惑がかかります。」
「迷惑かければいいじゃない。」
テンは、まるで天気の話でもするように続ける。
「でもさ、君がいなくても会社は回る。それが組織ってものだ。」
「……そんな言い方、初対面の人間に向かって言うことですか!」
なぜ、初対面のこの男に。
なぜ、こんな拘束じみた真似をされなければならないのか。
怒りと戸惑いをそのままぶつけるように、ヨウは食ってかかった。
「まぁまぁ、落ち着きなよ。」
テンは肩をすくめ、にこりともせずに言った。
「君の敵にはならない。安心していい。」
その言葉のどこをどう信じればいいのか、ヨウには分からなかった。
それでも、スマホをゆっくりとポケットに戻した。




