第53話 まちカフェとみか
「まぁ、こんな田舎じゃぁ、まともなアパートもなかなかねぇよ。しかも9月だからなぁ。時期が悪りぃや。農家の出荷もあるし、季節労働に来てる連中もいるからな。
ってことで、アリスホテルに話つけといたからよ。
ほれ、月々これくらいだ。」
踏切を待つ間、運転席のイレが助手席の美香に見積書を渡す。
「この額なら問題ありません……でも、少し安すぎませんか?」
「その代わり、部屋の掃除もベッドメイクもなしだとよ。掃除も洗濯も、ちゃんとしてくれよ?
まぁ、姉さんが銀行に勤めてきたことも聞いてるし、心配いらねぇと思うけどよ。」
単線の電車がガタゴトと通り過ぎ、踏切が上がった。イレは軽トラのギアを入れ、発進しながら話しかける。
「もちろんです。未来様の会社から紹介いただいたホテルで、粗相などもっての外です。隅から隅まで、きれいにいたします。」
「……まぁ、ほどほどにな……。」
やや冷や汗が流れるのを感じつつ、イレはアリスホテルに向かって車を走らせた。
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その日の昼下がり、美香がランチを食べに、まちカフェを訪れた。
「あ、わさびさん。あの人が来てます。」
接客をしていたユミが、店内にいるわさびを呼びに来た。
「あの人?」
「ほら、昨日ここで倒れちゃった人です」
「あ〜、美香さんね。ちょっと話に行ってくるね。」
わさびは作業をユミに頼み、美香の席に向かった。
「美香さん、来てくれたんだね。アリスはどう?」
「とても居心地が良いです。清潔ですし、部屋の雰囲気も落ち着いています。あらためて、社長にお礼をお伝えください。」
「申し受けました!
さ、お食事していって。このお店のおすすめは、まず店内でお花を選んでいただくことです。そして、そのお花をテーブルに飾ってお食事することができます。どれも一輪100円でご用意していますので、ぜひお試しください。」
わさびが、初めてのお客様へのいつもの説明をする。
「へ〜、とっても珍しいですね。じゃあ、お花選びに行きますね。」
美香は店内で白いシュウメイギクを一輪選び、そっとテーブルの小さな花瓶に挿した。主張しすぎないのに、場がすっと落ち着く花だった。
「わさびさん、彼女、とっても趣味がいいですね。
あのお花、迷わず選んでいました。もちろん、今日持ってきたお花はどれも良いものなんですけど、今日のあの一輪は、特に良かったです。」
「たしかに、とてもきれいね。美香さんのテーブル、まるで絵画みたい。」
わさびとユミは感心しながらも、ランチ営業をいそいそと続けた。ようやく落ち着いたところで美香のテーブルに行き、三人でお茶をすることができた。
「ふ〜、やっと落ち着いた。」
そう言いながら紅茶を運び、席に着く。
「美香さん、こちらがユミちゃん。うちで働いてもらっています。」
「あ、昨日は大変失礼しました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。」
美香が丁寧に頭を下げる。
「そ、そんな。元気になって本当によかったです。」
ユミが恐縮しながら答えた。
「ところで……私、ここで絵を描いてもいいですか? 私、絵師をやっているんです。今は銀行を辞めてしまいましたけど、SNSで少しはお金をいただけています。今日、ランチの間ここで過ごさせてもらって、とても居心地が良くて。」
美香は静かに、少し興奮を抑えるように言った。
「美香さん。今は最高にいい季節。でもね、夏はものすごく暑かったし、冬はきっと、ものすごく寒いわ。ここで絵を描くのは、大変だと思うよ。」
「そんなの、平気です!」
美香の語調が、少し強まった。
「……。」
しばらく沈黙が続き、美香の表情がわずかに曇る。わさびは、少しだけ視線を落として考え込んでいるようだ。
「……。」
さらに沈黙が続いたが、わさびはふいにニコッと笑って口を開いた。
「そうだ!美香さん、あおい庭園の組合員にならない? 組合員になって会費を払ってもらえれば、あそこの空きスペースをアトリエにしてもいいんだよ。」




