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第26話 夏が来た

「ちわ~。」


 クラブハウスに夏海の元気な声が響く。


「なっちゃん、来た~。」


「待ってました~。」


 夏海は、2週間前に坂本造園に入社した期待の新人だ。わさびと同じく『てっぱん』に配属され、わさびと一緒に店を手伝う。背の高い色白美人で、ストレートの長い髪と魅力的な胸もとが印象的な20歳である。

 夏海は、友達とイチゴ狩りに訪れた際、たまたま『まちカフェあおい』設立検討会でわさびの演説を聞き、わさびに惚れ込んでしまったらしい。その日にイレさんに入社を直訴、イレさん得意の直感で即採用。

 そんなにぽんぽん採用して(経営)大丈夫か?と聞いたら、お前次第だと言われてしまった。


 ただ、部員はみんなデレデレだ。採用は成功なんだろう。さすがイレさん、見る目がある。


「今日はハンバーグっす!」


 夏海は、その美しい容姿とは反対に、かなり体育会系の性格をしている。そこも部員達に大ウケな理由のひとつになっている。


「なっちゃんの料理に、はまっちまったぜ」


「あざ~っす」


 わさびが和の優しい料理を中心にしているのに対し、夏海の料理は町の定食屋さんに近い内容だ。今日は、メインのハンバーグに山盛りナポリタンと、空腹大学生が好みそうなお弁当が届いた。


 入社早々から、みんなの胃袋をつかんでしまった夏海である。料理の内容は、一見油ものに偏ってしまいそうだが、わさびが栄養やカロリーコントロールを指導しているので心配ないらしい。


『夏海はすぐに覚えるし、すごく筋がいいよ。メニューは夏海の好きな物ばっかりだけどね。』とわさびが言っていた。


「もんちゃんさんが、一番美味しそうに食べてくれるから好きっす。」


「やったな、もんちゃん!春が来たな~。」


 ヨウがもんちゃんを茶化してみるが、『俺には、わさびさんがいるもんね。』と応えていた。


 お~い、もんちゃ~ん。

 春が来ないまま終わっちまうぞ~。


 食事が終わり、練習が始まる。


 初戦から3週間過ぎたが、ヨウにはメディカルコーチが付きっきりで、ひたすら『蹴られたボールをトラップしては蹴り返す』を繰り返している。

 ヨウはおっさんだから怪我のリスクが大きいのもあるし、効果的な体作りをする必要があるとのことだ。ここまでしてくれることから、ヨウに対する期待の高さが伺える。


「ほら、ヨウさんもっとがんばって!!」


「し、死んじゃうよ…………。」


「大丈夫。俺が蘇生してあげるから安心して。」


「ちくしょ~。は~、は~。」


 ひたすらボールを追いかけた。


 *****

「ふ~。疲れた~。」


 家に帰ってストレッチしていると、わさびが背中を押してくれた。


「ん、さんきゅ」


「いやいや、次の試合楽しみっす。」


「え?」


「あ、ども~。」


 なぜか夏海が背中を押していた。


「え!?何でなっちゃんがここに?」


 ヨウが振り返り、向き合う。


「聞いてないっすか。今日から同居させてもらうっすよ。」


「いやいや~、若い娘が、独身おっさんのところに住んじゃダメでしょ。」


「わさびさんだって若い娘じゃないっすか。だから大丈夫っす。自分、わさびさんに憧れて坂本造園に入社したっす。一緒に暮らせるなんて夢のようです。ということで、よろしくお願いします。」


 え~~~~~。


 ガラガラガラ……「ただいま~。」


「あ、わさび!!こ、これは!?」


「あ、夏海もう来てるの?アリスホテルに荷物取りに帰らせてたから、来る前に説明しとこうと思ったんだけど。」


「これはヤバいでしょ、こんな若い娘と住んでたら事故が起きるよ。」


「ヨウさん、ハーレムっすよ。」


「なっちゃん、意味分かって使ってます?」


 例え『はい』と言われたって、何にもできないよ。俺たち同僚だし、立場ってもんがある。

それに、何にもしないように暮らすなんて、生殺しだ。


「ヨウのえっち。」


 わさびが睨んでくる。


「おれ~?」


「わさびさん大丈夫っす。『ヨウが何かしたら俺に言え』ってイレさんから言伝かってるっす。」


 イレさん、その前に同居を却下しろよ……。


「まぁ、とにかく今晩は仕方ない。俺がムラムラしちゃうといけないから、居間では露出低い服着てね……。」


「あ、やっぱりいけないこと考えてたっすね。

わさびさん、この人はやめたほうがいいっす。」


「ほんとね。」


 あの、たぶんですが、誰にもいけないことしてないですよ~。我慢するのも大変なんだよ。

一緒に住んだら我慢が2倍になるじゃないか。


 ヨウは心の中で涙を流しつつ、仕方なく同居に同意した。明日のさかつく部員からの妬みが怖い……。


 話し合いも一段落し、風呂や洗濯、洗い物をする。3人でやるので早い。後は、居間でごろごろするだけだ。ただ、ビーズクッションは、夏海にとられた。


「ヨウのが欲しかったら、また買ってきてね。」


 ……。


 女性陣2人は、ドラマを観ながら、スマホをいじりつつ、会話を始める。よく混乱しないよ。


「それって、まちカフェの計画っすか?」


 夏海がのぞきこんでくる。


「そうだよ。」


「少しずつ形になってきたっすね。これからどうなるっすか?」


「まずさ、どんなお客さんに来てもらいたいか決めきれないんだよ。」


「まじっすか。ちゃんと成功させてくださいよ!設立検討会で、わさびさんに感動して青空市に住むことになったんっすから。」


 すごいな。『てっぱん』のたわ言が、どんどん人を巻き込んでいく。前の会社では、どれだけがんばってプレゼンしても、ほとんど聞いてもらえなかったのに不思議なものだ。


「模擬店で話を聞く限りだと、町の外から人に来てもらって、商店街が儲かることに期待してるよね。でも、それって、ほんとにみんなやりたいのかなぁ。」


「儲かるのは嬉しいっす。でも、わさびさんが言ってたっす。『この場所を目指して、たくさんの人が青空駅に訪れ、そして笑顔で帰っていく。』って。」


「そだね。金儲けだけじゃダメだよね。とにかく楽しんでもらおう。じゃ、外から来る人向けのカフェを目指すかな?だとして、遠くから来る人?近い人?外国人?若い人?年配の人………?」


「む、難しいっす。」


「わさびはどう思う?」


「誰が来てもいいんじゃない?とにかく楽しいところにしましょ。」


「じゃ、これまでもらったアイデアを見て。」


「ん~。」


「ん~。」


 これ大丈夫か?あと2ヶ月しかない。


「私は、ユミちゃんのお花のやつ好きだな。」


「いいね。おれも採用だと思う。俺は、花火も気になる。」


「どっちも楽しそうだけど、普通っすね。」


「確かに…………。」


「じゃ、何かアイデアある?」


「分かんないっす。」


 ……。


「でも立ち止まれない。とにかく、明日からユミちゃんのお花をやろう。」


 ユミに電話して明日の事務連絡をし、第1回おうち会議は終わった。


「これからも相談に乗ってね。じゃ、俺はもう寝るよ。おやすみ~。」


「あ、わさびさんも寝るっすか?」


 ヨウが部屋に向かうと、わさびも片付けを始めた。


「夏海も早く寝てね。明日も早いよ。」


「わかったっす。おやすみなさい。」


 ん?????え~~~~~!!!!!


 「い、一緒に寝てるっすか……。予想外っす。」

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