第7章 ぽかぽか邸の夜
涙のあとに訪れた、静かな夜。
灯と環の心が、ようやくひとつに溶けていく。
――責められると思っていた。
この子を置いて逃げた私を、
きっと恨んでいると思っていた。
でも環は、泣きながら“はは”と呼んでくれた。
その瞬間、
私の中の何かが、静かに解けた。
もうこの子だけは、
二度と悲しい思いをさせない。
環が笑う限り、
私は何度でも立ち上がる。
◇◇◇
灯は環の隣に腰を下ろし、
眠っている環の髪をそっと撫でていた。
窓の外はすっかり夕暮れ。
キッチンからは、柊と凪の話し声と味噌汁の香りが漂ってくる。
やがて、環が目を覚ます。
ぼんやりとした瞳で周囲を見回し、
灯の胸に顔をうずめたまま、小さな声でつぶやいた。
「……はは……」
「起きたのね、環。」
灯が優しく微笑むと、環は甘えるように抱きついた。
「はは……。今日はははに甘えたいです〜」
「ふふ。こんなに甘えん坊だったかしら?」
「いいじゃないですか、今日くらい〜」
環は子どものように頬をすり寄せる。
灯はくすぐったそうに笑い、そっと背中を撫でた。
「はいはい、よしよし。」
そこへキッチンから柊の声が届く。
「いつまで甘えてる気だ〜?」
凪もおかしそうに笑う。
「子どもみたいな環さん、かわいいですね〜」
「でしょ?」と灯が得意げに笑った。
「でも、ずいぶん長居しちゃったわね。そろそろ帰らないと。」
環はぎゅっと抱きしめた腕を離さない。
「環?どうしたの?」
「ははが、“環”って呼んでくれたから……うれしいの。」
「そう……もう、“環”って呼ばれてもビクッてしない?」
「うん! 大丈夫。ははに“環”って呼ばれたい。」
「そう……よかった。もう大丈夫なのね。
環、よくがんばったわね。柊くんたちのおかげかしら?」
「うん! あの人とちゃんと向き合って言えたの。
“あなたのようにはなりたくない”って。」
灯の目に、やさしい涙が光る。
「そう……言えたのね。ちゃんと勇気出せたのね。えらかったね。
環は、ははの自慢の娘よ。」
柊が首をかしげる。
「どういうことですか?」
灯は懐かしそうに笑った。
「昔、“環”って呼んだら、震えてしまってね。
それからずっと“環ちゃん”って呼んでたのよ。実母のことがあって。」
環が小さくうなずく。
「でももう大丈夫。
さっき“環”って言われても、ビクッとしなかった。
ぽかぽかしたの。
だから、ははには“環”って呼ばれたいんだと思います。」
「そうか……よかったな。」
柊が穏やかに微笑む。
「はい!」
環はうれしそうに笑い、また灯に抱きついた。
「環、そろそろ私を離してくれないかしら?」
「あ! ごめんなさい。」
「いいのよ。いつまでも甘えてくれて、私はうれしいけど……
そろそろ帰らなくちゃね。」
「はは……また来てね。ありがとう。」
そう言って、また灯にしがみつく環。
灯は笑って、柊のほうをちらりと見る。
「環、ぎゅ〜ってする相手、間違ってるわよ。ね、柊くん?」
柊が苦笑する。
「……次は、俺の番だな。」
その言葉に、環は真っ赤になって顔を埋めた。
凪が「わ〜イチャイチャ始まった〜!」と笑い、
リビングには温かな笑い声が満ちていった。
もう「環ちゃん」ではなく「環」と呼べる日。
信じる力は、いつしか親子を超えた絆になりました。




