第3章 数字の外側にある真実
再びつながった“灯”の声。
彼女の推理が導くのは、数字ではなく“心”の動き。
画面越しに映る灯の姿に、環は思わず息をのんだ。
柔らかな笑顔。けれど、どこか以前よりも凛として見える。
「灯さん……お久しぶりです!」
「ふふ。環ちゃん、元気そうね。ここでまた会えるなんて嬉しいわ。」
ビデオ会議の空気が、穏やかな陽だまりのように温かくなる。
柊も軽く会釈した。
「今回は協力会社のデータ監査、よろしくお願いします。」
「こちらこそ。しばらく現場から離れていたけれど、やっぱり仕事は楽しいわ。」
その一言に、凪が小さく笑う。
「灯さんの分析、環さんがすごく勉強になったって言ってました。」
「まぁ、そうなの? 嬉しいわね。環ちゃん、相変わらずExcelが得意そうね。」
「はい、灯さんに教えていただいたおかげです。」
――昔の職場、あの温かな日々がふとよみがえる。
環の胸の奥に、懐かしい記憶のぬくもりが広がっていた。
◇◇◇
会議室のモニターに、無数の数字とグラフが映し出されていた。
静寂を破るように、灯がゆっくりと口を開く。
「数字は嘘をつかない。
嘘つきは数字を使う……
嘘をつくのは、いつでも人間よ。」
その声に、誰も言葉を返せなかった。
キーボードの音だけが、硬い空気を切り裂くように響く。
「数字の違いは、すぐに見つかるわ。
でも、その違いこそ“本当に見つけるべきもの”じゃない。
それは――手がかり。」
凪:「手がかり……?」
灯:「そう。悪質な人ほど、自分のやることに自信がある。
だからこそ“見せたい真実”を作るの。
その中に、“見つけられたい嘘”を混ぜてね。」
空気がぴんと張り詰めた。
「追えば追うほど、また別の手がかりにたどり着く。
そして、やっと真実に届いたと思った瞬間――
それはフェイクやトラップ。
自分の手を誇示するための、ね。」
環:「……じゃあ、本当の真実はどこに?」
灯:「真実はね、見えない場所に隠すか、
わかりやすい場所に堂々と置くの。
人は難しいものほど真実だと思い込む。
でも、本当は“気づかれないくらい普通の中”にあるの。」
凪:「それも計算のうち……?」
永峰:「つまり、“数字の外側”を見ろと?」
灯:「そう。
さらに深いところには、
“絶対に見つけられないもの”を仕込む信念がある。
そこにこそ、その人の本音が隠れているの。
でも――
数字にばかり目を奪われると、
本当に見るべき“人の動き”や“癖”を見逃す。
数字は事実を語るけれど、動機までは語らない。
ただし皮肉なことに、
信じる力が強いほど、人は“外が見えなくなる”。
自分の信念の外にある現実を、見失ってしまうのよ。
もしその“見失ったもの”を見つけ出せたとき、
初めて正義はほんとうの意味で正しくなるのよ。」
永峰:「……“信じる力”を取り戻すことが、真実への鍵……か。」
灯:「“信念”を積み上げると、必ず“間違い”が浮かび上がるのよ。」
柊:「間違いが……真実を照らす、ってことか。」
灯:「ええ。
嘘を見抜きたいなら、一度“信じてみる”こと。
信じることでしか、矛盾は見えない。
人はね、疑っている時よりも、信じている時のほうが、
本当の違和感に気づけるものなのよ。
――それが、人間のパラドックス。」
柊の視線が鋭く変わる。
柊:「……つまり俺たちは、“数字の裏にある動機”を探るべきってことか。」
灯:「そう。
――これは手がかりを追う者。
見つけやすい違いを見つける者。
見つけにくい嘘を探す者。
その3方向から進めば、必ず真実は姿を現す。」
そして灯は、いつもの穏やかな微笑みを浮かべた。
「さぁ、3手に分かれて始めましょう。
数字は嘘をつかないけれど――
“嘘つきの手跡”は、きっとどこかに残っているはずよ。」
◇◇◇
灯の言葉が静かに空気を揺らした。
しばしの沈黙のあと、柊が小さく息をついた。
「……3方向から、だな。」
灯は軽く頷いた。
「ええ。手分けして探りましょう。」
永峰がモニター越しに全体のデータ構造を呼び出す。
「それなら、俺は全体の俯瞰を担当する。
データの流れ、アクセス権限、更新履歴……すべての繋がりを見てみよう。」
灯:「そうね。全体を見られる視点は永峰さんが一番適しているわ。」
凪はすでにノートPCを開いていた。
「僕と灯さんは、数値そのものを洗います。
関数、更新タイミング、上書き履歴――
不自然な痕跡を全部拾ってみます。」
灯:「ええ、数字は嘘をつかない。
でも、“誰が嘘をついたか”は数字の中に残る。」
柊がゆっくりと環のほうを向く。
「俺たちは――数字の外側、だな。」
環:「人の心理、ですね。」
柊:「ああ。操作ログの動き、書き込みのクセ、
時間帯の偏り……そういう“人の気配”を拾っていこう。」
灯:「それでいいわ。
――数字を徹底的に洗う者。
数字の外側で“心”を探る者。
そして、全体を俯瞰する者。
3つの視点が重なれば、必ず真実は姿を現す。」
永峰:「了解。」
凪:「了解です!」
柊:「行こう。」
その瞬間、静かな会議室に緊張が満ちた。
まるで見えない糸で繋がれた3方向が、
同じ一点――“真実”へ向かって動き出す。
モニターの数字が淡く光り、
灯の瞳にその光が映る。
「――数字は嘘をつかない。
けれど、人は嘘を隠すために数字を使う。」
その言葉が、作戦開始の合図のように響いた。
信じる力が試されるとき、真実は姿を変える。
灯の言葉が、再び環の未来を照らし始めた。




