第2章 始動
整然と並ぶ数字の中に、わずかな歪み。
そこに潜む“誰かの意図”を探すため、環は過去と向き合い始める。
― 共に創る現場 ―
プロジェクトのキックオフ会議。
春の朝、アークシステムズのオフィスには静かな緊張感が漂っていた。
モニターには、永峰がリモート接続で映っている。
背景には自宅のワークスペース、整然と並んだ資料とモニター。
柊が会議の進行を始める。
「今回の案件は、社内システムのデータ再構築。
不正アクセスの痕跡が一部残っている可能性がある。
永峰、全体の進行とログ管理を頼む。」
「了解した。環さんには、Excelベースの抽出データを渡してある。
あの構成なら、異常値の洗い出しが早いと思う。」
「はい。確認して作業を始めています。」
環の指がキーボードを叩く音が、小さく部屋に響く。
凪が画面越しに笑いかける。
「永峰さん、すごいっすね。データ構造の整理が完璧でした!」
永峰は少し照れたように笑った。
「長くやってるからな。けど、思うように動けない分、
頭の中で何度も動線を組む癖がついた。
今は、それが仕事の武器になってる。」
その言葉に、環がふと息をのむ。
――身体が動かないぶん、考えることができる。
灯さんが言ってたのと同じ……。
柊は頷きながら言った。
「それでいい。スピードより正確さが大事だ。
焦らず、ひとつずつ確認していこう。」
「了解。」
「了解です!」
短い掛け声が重なり、
4人の間に小さな一体感が生まれた。
会議が終わったあと、環は少し画面を見つめたまま呟く。
「……永峰さんの部屋、すごくきれいですね。」
凪が笑う。
「仕事人って感じですよね。僕なんてモニターの裏ぐちゃぐちゃですよ!」
柊がふっと笑って、
「片づけのスクリプトでも作ればいい。」
「えぇ〜、勘弁してくださいよ〜!」
オフィスに笑い声が広がる。
そんな何気ない時間が、
いつの間にか“共に創る現場”を形づくっていくのだった。
◇◇◇
― 揺らぐ数値 ―
リモート会議の画面に、永峰の穏やかな声が響いていた。
背後には整然と並ぶ本棚と、差し込む春の光。
その姿は、どこか落ち着いていて、力強かった。
「では、こちらのデータを共有します。」
永峰の声とともに、画面にExcelの集計表が映し出される。
柊が内容を確認しながら頷き、凪がメモを取る。
環は黙って画面を見つめていた。
――数字の整列、関数の配置、そして穏やかに流れる永峰の説明。
その様子に、どこか懐かしさを覚えていた。
――そういえば、灯さんも今はフルリモートでお仕事をしているって言ってたな。
どんなふうに働いているんだろう。
きっと、あの頃と変わらず笑顔で、周りをぽかぽかにしているんだろうな……。
そんなことを思いながら、環は画面の中の数字に目を戻す。
その時、ふと手が止まった。
「……あれ?」
「どうした?」柊がすぐに気づく。
「ここの数値、全体と合わないんです。
合計値は同じなのに、細かい部分が一致していません。」
凪が素早くログを確認する。
「おかしいですね。操作履歴には異常がないです。」
「再集計しても同じ結果か?」
「はい……何度やっても同じです。」
永峰が少しだけ表情を曇らせた。
「このデータ、どこかで上書きされてるかもしれないな……。
でも、誰が――」
画面越しの沈黙。
春の午後の光が、なぜか少しだけ冷たく感じられた。
柊が静かに言う。
「ログを洗い直そう。
この違和感、見過ごさないほうがいい。」
環は頷きながら画面を見つめる。
数値の列の奥に、確かに何かが“潜んでいる”――
そんな予感がした。
◇◇◇
数字の不一致は、翌日になっても解決しなかった。
凪のログ解析にも異常はなく、柊も眉をひそめたまま無言で画面を見つめている。
「原因がどこにあるのか……まるで迷路ですね」
環がため息をつくと、凪が肩をすくめた。
「ログのどこを探しても、改ざんの痕跡は見当たりません」
沈黙が流れる。
光が静かにデスクの上の資料を照らしていた。
その時――環の胸の奥で、ふと、ひとりの女性の声が蘇る。
「数字は嘘をつかない嘘つきは数字を使う。嘘をつくのは、いつも人間のほう。」
灯さんの声だった。
あの優しい声。
温かな笑顔。
そして、いつもそっと背中を押してくれる言葉。
「環?」
環は小さく呟いた。
「……灯さんなら、きっと何か気づくかもしれない」
柊が顔を上げる。
「灯……? 環の前の職場の先輩だったな」
「はい。Excelの扱いがすごく上手で、数字を読む力があって……。
もしかしたら、何かわかるかもしれません。」
柊は少し考えて、頷いた。
「一度、連絡を取ってみるか」
「はい!」
その瞬間、環の瞳に光が宿った。
懐かしくて、あたたかくて、少し胸が高鳴る。
再び――ぽかぽかの灯がともるような再会が、静かに近づいていた。
数字の奥にあるのは、冷たいロジックだけではない。
人の感情が滲む場所――そこに真実の入口がある。




