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ビーンワイル  作者: シュルレアリスム


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近く花瓶

加藤正人とリカちゃんのはなし

子どもたちは互いに好きよあなたと軽々しく口にしている。


でも本当に軽い気持ちで言っているのだろうか。

加藤正人くん5歳に聞いてみた。


「加藤さん、先日あなたはリカちゃんに対して1日に何度も好きだ、チューしようなどという発言を繰り返していましたね。その自覚はおありでしょうか」


「リカちゃんはねえ、絵が描くの上手なんだよ」


加藤正人氏は保育園で汚してきたスモックを持って帰るのを忘れてきて母親から叱責された直後なので顔が赤く泣いた形跡が見られる。


「では認めるということでしょうか」


「リカちゃんのね、絵はね、すごい楽しいよ」


「ではそのリカちゃんの絵を見せていただくことは可能でしょうか」


そこで加藤正人氏は考えた素振りを見せる。実はなにも分かっていないのかも知れない。


「じゃあ、友だちになりたいの?」


「はい。わたくしは加藤さんと友だちになりたいと思っております」


「じゃあ、宝ものを見せ合いっこしようよ」


「宝もの、ですか」


加藤正人氏はおもちゃ箱の中から赤い積み木を持ってきた。


「それはなんですか」


「うーん、これはね、こうやってやるんだよ」


ブーンと言って立ち上がり、赤い積み木を右手に掲げて室内を突然走り回り始めた加藤正人氏はときにはジャンプやでんぐり返しをしてみせ、そのときでさえ決して積み木を放そうとはしなかった。


「もしかして飛行機ごっこ、でしょうか。それならわたくしもやったことがございます」


近くに落ちていた掃除機にまたがり、負けじとブーンと言ってみる。


「わあ。カイジューだ!」


加藤正人氏は赤い積み木を玩具のカタナに持ちかえてふいに襲ってきた。


5歳とはいえローキックの破壊力たるや見事なもの。あおあざのひとつもできようか。


どうやらヒーロー役は加藤正人氏のようで、絶え間ない攻撃を受けねばならない。


「待て、このドラグセルビレル!」


ドラグセルビレルとなったわたくしは暴れん坊ヒーローの追撃をかわして縁側の窓を開けてスリッパをつっかけつつ庭へと飛び出す。


「ドラグセルビレル許さないぞ」


名前からしてドラゴンの悪いやつっぽいイメージを抱いたから、火炎放射を口から吐いてやる。


すると加藤正人氏はクウッと言って障子の裏に身を隠す。


庭に干してあるシーツの影から頭を出しては引っ込め加藤正人氏を撹乱する。


「キャハハかくれんぼ見っけ!」


「加藤さん見っけ」


それからヒーローを引退したらしき加藤正人氏は見っけ、見っけとコロコロ笑いながら指さしてくる。


シーツが風にはためき、うねる白い生地の間を加藤正人氏も踊るようにして左右にからだを揺らす。


「加藤さん、お遊びはここまでです。あなたはリカちゃんへ求婚したこともあったそうですね。まだ未成年だと言うのにも関わらず、またご自身で生計を立てているわけではない身でそのような発言をしたことをどうお考えですか」


洗いたてのシーツの端っこを指でつついて形状の変化を愉快そうに確かめている加藤正人氏は次に足元の蟻の行列が気になり始めているようだった。


「リカちゃんの気持ちはどうなるのです?結婚しようと言われて悩んだ夜もあるでしょう。加藤さんがサナちゃんにもチューをしているところを目撃してたいそう心を痛めたのではありませんか」


サナちゃんというフレーズにピクリと反応した加藤正人氏は一瞬静止したものの、蟻の巣を捜索する体制に入っていた。


赤い積み木で蟻の行く手を遮ってみたり、バケツの水をかけてみたり、額を汗だくにして夢中になっている。


「大きくなったらリカちゃん悲しみますよ。加藤さんが他の女の子に手を出すのは日常茶飯事。大学生の頃にもなれば毎日違うアパートに泊まり歩く。就職してからもマッチングアプリで金曜日の夜から日曜の朝まで密会三昧。ガールズバーやキャバクラに行っては奥さんに呆れられる。子どもの前では無邪気に振る舞い、家事も手伝わない」


蟻の巣を木の棒でほじくっている加藤正人氏は疲れを知らないようだ。飽きもせずに蟻地獄へ捕獲した蟻を投げ入れている。


「でもね、そんな加藤さんにも良いところはあります」


赤い積み木を拾って両手を行ったり来たりさせてみる。


「それは愛されることです。加藤さん、あなたは愛されることに長けていた」


赤い積み木は少しずつ長くなっていく。幅も広くなり、地面にふわっと落ちたと思うとそれは雲まで伸びる絨毯になった。


階段状の絨毯はふわふわしているけれど、登った人を落っことしたりはしない。


「さんざん迷惑かけられたはずのリカちゃんは、なにがあっても加藤さんの帰宅を待っていたし、お子さんたちも大きくなって加藤さんと遊んでもらったことを幸せな記憶として大切にしていますよ。だからね、本当は知ってるんです。加藤さんはリカちゃんが一番大好きだってことは」


わたくしが赤い積み木でできた絨毯の階段に足をかけると、加藤正人氏は不思議そうにこちらを見上げている。


「虹だ」


加藤正人氏には虹に見えているだろう。あるいは星に、それとも月に踊る太陽に。

虹は形を変えてなんにでもなれる。この赤い積み木のように。


「加藤さん、いつかあなたは理解するでしょう。幼いころに見たこの虹のことを。パパやママに話しても信じてもらえなかった虹の存在を。夢でも見てるんじゃないか?なんて笑われたけれど、笑われて泣いたけど。しまいにはあなた自身も忘れてしまった。でもね加藤さん、あなたには虹が見えていたんですよ!」


わたくしは雲まで一気に駆け上がる。

加藤正人氏は米粒みたく小さくなる。


わたくしが誰かって?

フフ、それはまあいいじゃありませんか。

ドラグセルビレル、とでも名乗りましょう。


大切なことはあなたにとっての赤い積み木が今どこにあるかってことですよ。


赤い積み木はちゃんとあなたの心にありますか?

虹が虹が空にかかって、きっと明日はいい天気

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