そのひとそのものこそをぶんがくとよぼう
With you at the helm,
ペットボトルの水を飲む。そのときペットボトルは傾けられる。まさか九十度よりは幾分傾斜を正負につけて流れるままの水は胃に落ちていく。
ペットボトルの内部には残りの水が存在していて、そのなかでもとくに勾配のつけた直後には濡れ広がっていた面積における凝集が水滴を生じさせる。
イマイチな濡れ性に従うと、全て下方に溜まるのではない。内部のそこここに小さな水のかたまりが散らばる。
それは星の在処を指し示す手がかりになっていた。
無数とまではいかないまでも、その水滴ひとつひとつが内包するきらめきが見果てぬ銀河と直結していると感じないわけにはいかない。
漆黒の宇宙に抱かれし地球は、濡れ広がっていたなにかしらの凝集塊であって、もともとは木星も火星もなにもかも混じり合っていた。
上下左右のどちらを底と定義してよろしいか分からないけれども、底には必ず地球を切り離した源が眠っているに違いない。
少しずつ神のご機嫌次第で水量は減っているのか。涼しくなっていく銀河とは裏腹に、今夜は暑いとイルカは呟く。
嗚呼、ペットボトルの星たちよ。
その胸に幾千万のバクテリアを飼い慣らしているのかい。
酸素も窒素も二酸化炭素もアルゴンもスピンもニュートリノも、数百ミクロンの枠のなかで語らうのかい。
この有機物で構成された脆弱な人体がほろほろと崩れ落ちていくときに、いつか塵芥の声を見分けることができたら良いのにな。
網膜が重みに耐えきれず剥離していくのを手放しに眺めているけれど、悲しみのありかたをもう一度考えさせられるという意味において、失うとは新たな領域を獲得することであると、ヒトの言葉で表せるところの希望にまだ縋る余地は残されているらしかった。
はっきりと視認できるに越したことはない。処理できる画像データの質は、未来。
水に映る顔とまじまじと相対していると一日が終わるのは、今。
いつか闇のなかで、赤や黄色にぬり固められた夕焼けを想うのは、過去。
日々を送るために必要な意味のない手続き。
しかし水を飲み。だからこそ水を飲む。
水の味を覚えていられなくなっても水を飲む。
あの日飲んだ水が、ここ一番で崖をとらえる。
流れていく、流れていく。
三角州にたちぼうけ
それぞれの三角州がある
混じり合うのは流れだけ
置き去りにされたら独り
誰もが孤独、独りだけだらけ
いつでもできるなら取っておいたほうがいい。
wtf




