⑥冗談
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畳の上――
緊張と熱が重なる空間で、結芽は小さく震えるように声を漏らした。
「……もう」
はっきりとした拒絶ではなかった。
でも、そこには確かな“意志”がこもっていた。
それを聞いた瞬間、空気が変わる。
押し寄せていた2人の身体が、すっと離れていく。
「ごめん、ごめん。びっくりした?」
美幸が柔らかく笑いながら、結芽の顎から手を離す。
その仕草には、どこか小動物をあやすような甘さがあった。
「……ちょっと、冗談が過ぎたね」
和香もまた、結芽の背からそっと手を離し、座り直す。
「ごめん、嫌だったよね。無理に触ったわけじゃないから……怒らないで」
2人とも、声色は優しい。
目も細め、微笑をたたえている。
けれど、その“引き際の潔さ”が――
逆に、結芽の胸に妙なざらつきを残した。
(……あの目)
(まるで、まだ終わってないって――言ってるみたいな)
「だって、ゆめが、かわいすぎるのが悪いんだもん」
そう言いながら、美幸が冗談めかして肩をすくめた。
「ね、和香?」
「……うん。ほんとに、ずっと見てたくなるくらい」
静かに答えた和香の声は、どこか終わりの見えない執着を孕んでいた。
(……なに、この空気)
結芽は喉が渇くのを感じた。
「……そろそろ戻ろっか。みんな、心配するかも」
そう言って立ち上がろうとすると、和香がさっと手を差し出してきた。
「気をつけてね。足元、暗いから」
自然な動き。優しい言葉。
でも、その手を取ることが、どこか“契約”のようなものに思えて――
結芽は一瞬、ためらってから自分で立ち上がった。
2人は何も言わず、ただ穏やかにその様子を見つめていた。
その目は、まるで――
狩りの途中で一旦、遊びを止めただけの、獣のように。