⚫︎結芽の回想 : 思い出してしまった
_______
天ヶ女村の夜は、都会の夜とは違う。
静かで、暗くて、星が怖いほど近くに見える。
――その空の下で、彼女たちはいつも一緒にいた。
結芽は思い出していた。
大好きだった二人に迫られている今、あの頃の光景をなぞるように。
***
幼馴染の2人――和香と美幸は、小さい頃から結芽にとって特別だった。
同い年のはずなのに、和香は早熟でしっかりしていて、大人びていて。
美幸は柔らかくて、よく笑って、まるで姉のように世話を焼いて、構ってくれて。
___2人に囲まれると、まるで自分が大事な宝物になったみたいだった。
「ゆめちゃん、危ないから、こっちおいで」
私が川に落ちそうになってるとサッと手を引いてくれた和香。
「ゆめちゃんったら、もう、泣いてるじゃん。ほら、涙拭いてあげる。」
私が犬にほえられて、驚いて泣いてしまったとき、ハンカチでそっと涙を拭ってくれた美幸。
小さい頃は、それがただ嬉しくて、心地よくて。
…「守られている」という安心感に包まれていた。
けれど――
中学生、高校生のちょうど思春期に入る頃。
気づけば、二人は常に私のそばにいるようになっていた。
教室でも、廊下でも、通学路でも、2人は常に結芽の“隣”にいた。
「ねぇ、腕、組んで歩こ」
「えー? だって寒いもん、抱きついてもいいでしょ?」
「髪の毛、今日もいい匂い」
最初は女の子同士のただのじゃれ合い。
しかし、周りの同級生を見てみても、私たちの距離感はあまりにも近すぎるように感じていた。
私が周囲の男子に話しかけられると、2人のどちらかがすぐに割って入った。
誰かが好意を寄せていると分かれば、さりげなくけん制するように。
(あれ……なんか、違う)
・
そして_____高校2年の夏祭りの夜。
山の中腹、見晴らしのいい場所にある、私たちだけの“秘密基地”。
特別な時にだけ開かれるという祭具殿。
その軒下で、私たちはよく遊んでいた。
その夜、祭りの賑わいから抜け出して、3人だけで行ってみようと誘われた。
「ねぇ、覚えてる?ここ。小学校のとき、よくかくれんぼしたよね。」
「うん……懐かしい!ここに来るの久しぶりかも。」
懐かしさと同時に、胸の奥がざわついていた。
暗がりの中、かすかに見える2人の浴衣姿は――
あまりにも、艶やかで、美しかった。
ふたりとも、子どものころよりも背も伸び、胸も膨らんで、大人っぽく成長していた。
____それに比べて
(まだまだ子どもっぽいよなあ、私)
そんなことを考えていると
_________
____
「…ねえ、ゆめ」
「私たち、もう子どもじゃないんだし、さ……」
そう言って、美幸が肩を寄せた。
「……っ、え?」
次の瞬間、和香の手が背中に回る。
肩をなぞるように力が入り――
押し倒された。古い木板の上。
「きゃ……っ」
身体が押しつけられ、浴衣の胸元がずれる。
「いい身体……やっぱり、ゆめは可愛い」
「冗談、だよ。ね?」
問いかける結芽。
唇のすぐ近くに、美幸の囁きがあった。
けれど、その“冗談”には、笑いの余白が一切なかった。
「ゆめは、わたしたちの、だもんね」
「…ゆめ、本当に可愛くなったね」
そう言った2人の目が、狂おしいほど真剣だったことを、今でも忘れられない。
•
(――結局、ごめんね、冗談だよってあの後言われたけど……)
けど、どこかで、冗談で収まりきらない何かを感じた自分もいた。
(あのときから……二人のことが、少し怖くなった。)
思春期の曖昧な輪郭の中で、2人の“愛”は形を持たぬまま、確実に育っていた。
___私はその後、東京の大学に合格し、村を離れた。
スマホも入学前に買ってもらい、LINEやSNSは誰にも教えなかった。
***
そしていま――
その続きを、2人は“取り返しにきている”のだと、結芽は感じていた。