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紅百合の咲く森  作者: 琲音
帰郷
5/12

④逃げるの?

粛々と進んだ葬式が終わり、空はすでに夕暮れの深い藍に染まりつつあった。


会場の空気も、まるで切り替えの合図でもあったかのように変化する。

人々は手際よく大広間――村の大集会場へと移動し、そこには既に、長机に豪華な料理と酒が並べられていた。


「さあさあ、こちらへ!」


「結芽ちゃんも! 遠慮せんと!」


「ほら、座って! この鹿肉、さっきまで生きとったやつよ!」


(……葬式って、こんな感じだったっけ?)


哀悼の雰囲気からまるで祝賀のような雰囲気へ。

まるで、死を寿ぐかのように、笑い声と酒の匂いが満ちていく。

子どもたちも走り回り、村の男たちは威勢よく杯を交わし――

その真ん中で、結芽はまるで“主役”のように持て囃されていた。


「ほら、東京もええけど、やっぱり村が一番やろがぁ」


「住吉さんとこの子は、やっぱり“器量が違う”わ」


「戻ってきてくれて、ほんとに……ほんとに嬉しいわぁ」


(――戻ってきて、なんて……)


そんなこと、誰もこれまで一言も言わなかったのに。


(“帰さない”みたいに……)


笑顔の奥に、妙な熱と執着を感じた。

父と母は、村人たちに囲まれ、あちらで和やかに話している。

母は時折こちらに視線を寄せるが、すぐにまた笑顔に戻る。


(……いまなら、抜けられる。)


結芽は音を立てないように席を立ち、人々の隙間をすり抜け、そっと集会場の出口へと向かった。


夜へと近づく空気が頬を撫でる。


(ふう……ちょっと、外の風でも吸ってこよう)


そう思って足を踏み出した瞬間――


「どこ行くの、結芽?」


声がした。


静かに、しかしあまりにも自然にそこに立っていた。

まるで最初から、結芽が逃げ出すのを知っていたように。


入り口の柱の前に立つ2人の女性。結芽の幼馴染。


今回亡くなった村長の孫娘。

黒髪を結い上げ、喪服姿のまま凛と佇む

――竜見 和香。


その隣には、柔らかな茶髪を後ろでまとめ、華やかな雰囲気で微笑む

――那鳥 美幸。


4年前の成人式で見かけたのが最後。

言葉を交わしたのは――6年前。


それでも、一瞬で分かった。


そして次の瞬間――

彼女たちの美しさに、結芽は言葉を失った。


(……東京でも、ここまでの人、なかなかいない)


和香の凛々しさは、月の光のように透き通っていて。

美幸のそれは、陽だまりのように柔らかく、けれどどこか危うい光を孕んでいた。


2人とも、表情は穏やかだった。


ただ――

目だけが、異様に、冴え冴えと濡れていた。


「……ひさしぶり、2人とも。」

「あと、和香、この度はお悔やみ申し上げます。」


和香は、表情を崩し、

「…ありがとう、来てくれて嬉しい。うちのお祖父ちゃんもきっと喜んでる。…また3人で並んでるところが見たいってよく言ってたし。」



「………そうなんだね。」

絞り出すように言った結芽に、美幸が一歩前に出る。


「ふふ、でも、今逃げようとしてた? 」


目を逸らす結芽


「そんなつもりじゃ……」


「――じゃあ、顔、見せて?」


そう言って、美幸がふわりと結芽の顎に手を添える。

まるで――キスをする直前のように。


「……っ」


声も出せないまま、結芽はその瞳を見返す。

距離が近い。心臓が跳ねる。

けれど、甘さよりも、ぞくりとする怖さの方が、先に来た。


「……ほんとうに、綺麗になった。」


そう呟いたのは、和香だった。

すっと結芽の背後に回り、自然な動作で腰に手を回す。


(――え?)


「ねえ、もう少し、こっちにいよう?」


「色々お話し、聞かせて。ね?」


耳元で囁くような声。


その柔らかい囁きが、“選択肢なんてない”ことを無言で告げていた。


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