③帰らぬ者と迎えられる者
結芽は、久しぶりに足を通した黒い喪服の裾を直しながら、会場へと続く石畳を歩いた。
両脇には両親――無言で歩く父と、時折気遣わしげに視線を寄越す母。
空は鈍く、雲が地を這うように垂れている。
山の中腹にある古びた集会所――
そこが、和香の祖父であり、村長だった竜見庄一の通夜・葬式の会場だった。
(静かだ……)
そう思ったのは一瞬だった。
会場に入るや否や、耳に飛び込んできたのは、低くざわめく人々の声。
「おや……あれ、住吉さんとこの……」
「結芽ちゃんじゃないか」
「まぁ……綺麗になってまぁ……!」
「なんて別嬪さんだこと……!」
一斉に注がれる視線。
まるで舞台に立たされた役者のように、結芽は立ち尽くした。
(……葬式、だよね?)
線香の匂いが満ちる室内。
確かにそこには棺も、遺影も、黒い喪服の列もあるのに――
雰囲気は、どこか祝いの席のように、浮き立っていた。
「東京暮らしはどうだい?」
「いいとこに就職したんだって?」
「まあまあ、ますます綺麗になって.....!」
「お母さんに似たなぁ、いやぁ……」
微笑み、声、褒め言葉。
その全てが、どこか“この村に繋ぎ止めたい”かのような空気を纏っていた。
「……ご無沙汰してます」
ぎこちなく頭を下げながら、結芽は小さく苦笑いを浮かべた。
(……久しぶりに帰ってきたらすごい歓迎ぶりだな……。やっぱり過疎化が進んでるのかな。)
ふと、何かに引かれるように視線を奥へ向けると――
人混みの端に、異質な静けさがあった。
そこにいたのは、二人の若い女性。
片方は、艶のある黒髪を一つに結い、喪服の襟元もぴしりと正された、凛とした女性。
背筋は真っ直ぐで、睫毛の影すら整然と落ちる。
――竜見 和香。
もう片方は、柔らかい茶髪のゆるいロングを後ろでまとめ、優しげな笑みを浮かべる華やかな女性。
一見すると親しみやすそうな雰囲気すらあるが――
――那鳥 美幸。
だが、2人とも。
目だけが、異様に爛々と輝いていた。
(……!)
笑っていない瞳。
濡れているような光を宿しながら、じっとこちらを見つめてくる2人。
結芽は、一歩、足を止めた。
視線が交錯したその瞬間――
微笑みを浮かべたまま、美幸がふわりと手を振る。
まるで、親友に再会した喜びをそのまま表現するように。
隣の和香は微動だにせず、しかしその目は、ただひたすらに結芽を見据えていた。
(……変わってない。けど……)
“変わってない”という言葉の裏に、得体の知れない違和感が潜む。
(2人とも……こんな目、してたっけ……?)
「――ゆめ」
不意に母の声に肩を叩かれる。
「重鎮の方々に挨拶しないと。」と促され、結芽は無意識に頷いた。
足を踏み出したその先に、
再会という名の“始まり”が、待ち構えているとは知らずに。